S急便の中井さんが荷物の配達に来たようです。


「こんちは、いつもお世話になります! 荷物のお届けに上りました!」


「おー、中井さん。久し振りですね」


「あ、神坂さん。いや、俺は定期的にここに伺っていますよ。神坂さんがお忙しいんでしょう」


「あ、そうか。そういえば最近はいろいろあって直行が多かったですからね。ところで、マネジャーとしての仕事は落ち着いてきたんですか?」


「ええ、ようやく若い連中とも分かり合える関係になってきました。以前に佐藤さんと神坂さんにアドバイスをもらったお陰ですよ。ありがとうございます」


「ああ、あの無断欠勤した部下の社員さん2人は戻ったの?」


「ええ、素直に頭を下げて、3人で飯を食ったんです。そうしたら、今まで知らなかったことがたくさん分かってきて、あいつらの事がすごく可愛く思えてきたんです」


「わかるなぁ、その気持ち。私もこの営業2課のメンバーは掛け替えのない仲間だと思っていますからね」


「なんかね、俺にはあいつらが息子のように思えてきたんです。俺達は家族みたいなもんだなと思いました」


「家族かぁ。そこまで思える中井さんは凄いなぁ」


「ありがとうございます。マネジャーになったときは、とにかく会社のために売上を上げようと必死でした。それが俺の役割だと思っていたんです」


「それは違っていたと?」


「ええ、それって実は自分の評価を上げたいという思いが隠れていたんです。どっちかといえば会社のために若い奴らには犠牲になってもらおうと思っていましたから」


「生け贄ですか?(笑)」


「ははは、そうかも知れません。でも、3人で飯を食った日からはその考え方を捨てました。むしろ、部下のために自分が犠牲になろうとね」


「素晴らしいですね」


「部下が行きたくないというお客様のところには、一緒に同行して状況を理解しました。その中でお互いにできることを話し合ったりもしました」


「なるほどな。実は最近、欲について考えることが多々ありましてね。欲というのは必要なものでもあると思うんです。でも、それを内に溜め込まないで好き勝手に発散していると大事なものが失われていくのかも知れません」


「大事なもの?」


「ウチの会長は、人間力が育たないと言っていました。それ以外にも他人からの信頼も失いますよね」


「なるほど。俺はもう少しで大事な家族を失うところでしたよ」


「ああ、若い社員さんのこと?」


「ええ。佐藤さんと神坂さんにアドバイスをもらわなかったら、あいつらは辞めていたでしょうからね」


「結局、欲望を発散するか内に溜め込むかは自分自身次第なんですよね。『慎独』が大事だということですね」


「しんどく?」


「誰もみていない独りのときこそ、自分を節制することをそう言うそうです」


「なるほど。勉強になります。実は俺、最近彼女ができましてね」


「ええ、そうなの! おめでとうございます!」


「でもウチの会社は基本は土日も仕事がありますから、若い奴らを順番に休ませて、俺はいつも出勤しているんですよ。それでこの前、またメンバーと食事をした時に彼女が出来たことを話したら、あいつら、『休みを取れってしつこいんですよ。大人だし夜に会うから大丈夫だと言ったんですけど、聞かないんですよ」


「嬉しいことじゃないですか。旅行でもしたらどうですか?」


「実は、明日から二人で鹿児島に旅行に行くことにしたんです。知覧にも行ってみたかったしね」


「そうなんですか、うらやましい!」


「神坂さんは結婚しているじゃないですか!」


「結婚生活が長くなると、恋愛感情というものが失われていきますからね。人間の愛情には限りがあるのかも知れません・・・」


「神坂さん、会社の家族も大事ですけど、本当の家族も大事にしてくださいよ!」


「おおーっ、耳が痛過ぎて千切れそうだ!」


ひとりごと 

欲望を抑えると内に力を蓄えることができる、と一斎先生は言います。

森信三先生は、情熱を浄化させるという表現を使っていますが、同じ事を言っているのではないでしょうか。

自分の内側から湧き出る欲望を一旦浄化させ、私欲を公欲に転換する。

小生は、これが一斎先生や森先生が言わんとしたことだと解釈しています。


原文】
鍋内(かない)の湯、蒸して烟気(えんき)を成す。気、外に漏るれば則ち湯減ず。蓋を以て之を塞げば、則ち気漏るること欲わず。露に化して滴下し、湯乃ち減ぜず。人能く欲を窒げば、則ち心身並に其の養を得るも亦此の如し。〔『言志録』第113条〕


【意訳】
鍋の中にある湯が蒸発すると水蒸気になる。この蒸気が外に漏れれば湯は減ってしまう。蓋をしてこれを抑えれば、漏れることはなくなる。露となって落ち、水量は減ることがない。人も欲を抑えることができれば、心身共に健全であるのは、これと同じである。


【ビジネス的解釈】
鍋の中にある湯が蒸発すれば水蒸気となって外に出て行く。こうなると鍋の湯量は減る。蓋をすることで蒸気を再び露として鍋に戻すことができ、湯量は減ることがない。人間の欲望もこれと同じである。無暗に欲望を撒き散らすことなく、抑制することで自身のエネルギーを失うことなく健全な日々を過すことができる。


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