今日は経営企画会議が開催されており、課長以上の全管理職が出席しているようです。
「最後に私からひとつ提案があります」
大竹課長が挙手をしました。
「大竹君、どうぞ」
議長の川井室長が発言を促しました。
大竹課長が企画書案を全参加者に配布したようです。
「当社の社風をより良いものにするための取り組みとして、仕事以外で善い行いをした社員さんを表彰する制度を設けることを提案します」
「大竹君、どういうことかもう少し詳しく説明してくれる?」
「はい。もちろん業績を上げることは大事なことですので、成績優秀者を評価するのは当然です。ただ、当社には本当に心の優しい社員さんがたくさんいます。先日もウチの若い社員さんが、高齢で耳の不自由な患者さんのために、調剤薬局に付き添って薬をもらうお手伝いをしたとのことで、家族の方から感謝の手紙が届きました」
「素晴らしいことだね」
「そういうこともしっかりと評価する意味で、望年会の時に成績優秀者と同時に表彰することで、ますます善い行いをする社員さんが増え、社風が良いものになっていくと考えています」
「具体的にはどうするの? 一つひとつポイントにして累計でもするのかい?」
「いえ、各課から善い行動とそれを行なった社員さんを1名推薦してもらって、この経営企画会議で1名ないし2名を選出する形を考えています」
「なるほどね。私は特に異論はないが、皆さんはどうですか?」
全員の手が挙がったようです。
「ありがとうございます。そこで、もうひとつ提案があります。この善行を表彰するときは、その社員さんだけでなく、そのご家族を一緒に表彰したいんです」
「えっ、どうして?」
「善い行いをする社員さんは、多くの場合、立派な親御さんに育てられ、兄弟仲睦まじく過ごしてきた人です。つまり、その善行というのは、その社員さん本人だけでなく、ご家族の教育や支援があったからこそ生まれた行動だと思うんです」
「(タケさん、さすがだな。うまい展開だ)」
神坂課長が心の中でつぶやきました。
「なるほどね。面白い見方だな」
川井室長も感心しています。
「当社の社風というのは、いわゆる家族的なところに良さがあると思います。当社が厳しい生存競争の中で生き残るためには、この『社員は家族』という考え方を一層推し進めていくべきだと思うんです」
「社員は家族か。そうなると、その社員さんの家族も望年会にお呼びして表彰することを考えているのかい?」
「はい。そこで更なる提案ですが、今年から望年会には社員さんのご家族もお呼びして大望年会に模様替えしてはいかがかと考えています」
「なるほどな。自分の夫、あるいは自分の息子もしくは親がどんな人達と一緒に仕事をしているのかを知ってもらうことは悪いことではないだろうな。ただ、費用は莫大になるぞ」
「ええ、そこは佐藤部長の営業部にしっかり稼いでもらって捻出してもらえれば良いのではないでしょうか?」
「ははは。タケさんも、社内のムリ・ムダ・ムラの排除に力を注いでくださいよ」
佐藤部長が笑いながら応えました。
「会場のホテルとの折衝も今まで以上に厳しくやってもらいたいですね」
これは神坂課長です。
「えー、それは毎年神坂君にお願いしているから、続けて欲しいなぁ」
「何でですか! 私は営業部員ですから、売上と利益の確保が本業ですからね。餅は餅屋で交渉は総務にお願いします」
「社員は家族という考え方は素晴らしいね。私も全面的に協力するので、ぜひ家族参加の大望年会を実現したいですね」
西村総務部長が発言しました。
「新卒社員さんの採用に関しても、家族を採用するという意識を強くもって、面接の設問も工夫していきますよ」
鈴木人事課長のコメントです。
「大累」
「なんですか、神坂さん」
「年末に雑賀と奴のお母さんを表彰してもらいたいな」
神坂課長が小声でささやきました。
「そうですね。実は今、そのシーンを想像してたら目頭が熱くなってきちゃって」
「すぐ泣くんじゃねぇよ、男にくせに!」
そう言いながら、神坂課長はさりげなく目頭を押さえていたようです。
ひとりごと
ここで大竹課長が提案した家族参加の忘年会については、先例があります。
倒産寸前から奇跡の復活を遂げたホテルアソシア名古屋ターミナルにおいて、伝説の支配人と言われる柴田秋雄さんの指導の下、実際に家族参加のイベントが開催されていたのです。
この模様は、映画『日本一幸せな従業員をつくる!~ホテルアソシア名古屋ターミナルの挑戦』で観ることができます。
非常に感銘を受けたので、親孝行・家族孝行の一環として取り組んでみたいと考えていた企画ですので、バーチャルの世界で先に企画を立ててみました。
【原文】
孝名の著わるるは、必ず貧窶(ひんく)・艱難・疾病・変故に由れば、則ち凡そ孝名有る者、率(おおむ)ね不幸の人なり。今若し徒らに厚く孝子に賜いて、親に及ばざれば、則ち孝子たる者に於いて、其の家の不幸を資として以て賞を博(と)り名を徼(もと)むるに幾(ちか)きなり。其の心恐らくは安からざる所有らん。且つ凡そ人の善を称するは、当に必ず其の父兄に本づくべし。此の如くなれば、則ち独り其の孝弟を勧むるのみならずして、併せて以て其の慈友を勧む。一挙にして之を両得すと謂う可し。〔『言志録』第115条〕
【意訳】
親孝行が評判になるのは、必ず貧困・艱難辛苦・病・変った出来事を経験した者であるので、概ね不幸な人だといえる。もし孝子だけを賞して親を賞しなければ、その家が不幸であることで賞を得たり、名声を求めることになってしまう。それでは孝子の心も休まらない。その人の善行を称えるときは、その父兄に基づくべきであろう。こうすれば、孝子の親に対する敬愛と兄弟に対する親愛だけでなく、親の子に対する慈しみや、兄弟の友愛をも勧めることになる。これこそ一挙両得と言えよう。
【ビジネス的解釈】