「神坂課長、向井院長先生が納得してくれました」
昨日はクレーム対応でしぶしぶ会社を出た善久君が、今朝は嬉しそうに神坂課長のデスクにやってきました。
「おお、あの向井先生を納得させたのか、凄いじゃないか!」
「だって、課長が行けっていうから仕方なく行ったんですよ」
「ばかやろう。お客様が困っているときに『仕方なく』行く奴があるか!」
「とにかく怒鳴られるのは嫌だなと思ったので、ご施設へ向かう車の中では、向井院長がどういうお気持ちなのかを徹底的に考えました」
「それで?」
「やはり機器が自分の思い通りに使えなかったことへの失望が怒りという第二感情の前の第一感情なんだろうと考えました」
「うん、そうだろうな」
「それで、先生にお詫びすると共に、先生のお気持ちを考えると本当に申し訳なくて、どれだけ謝罪しても謝罪尽くせませんという様なことを言いました」
「やるじゃないか」
「そうしたら、『君は若いのによくそれに気づいたね。君達は私のことをクレーマーだとでも思っているのかも知れないけれど、私は患者様の命と真剣に向き合っているんだ。だから、機械がしっかり作動しないと非常に落胆するし、患者様に対して申し訳ない気持ちあが溢れてくるんだ』と言われました」
「なるほどな。向井先生は昔から一本気なところがあるからな」
「『もちろん、怒鳴ってしまうのは私の悪いところだけれど、そうさせるのには君達にも原因があるんだ』と言われました」
「どういうことだ?」
「『君達のようなディーラーさんにしてもメーカーさんにしても、医療機器が壊れると、壊れた言い訳ばかりをしてくる。私が聞きたいのは言い訳ではない。起きてしまったことは元には戻せない訳だから、知りたいのは今後どういう対応をしてもらえるかなんだ』と言われました」
「まったくもって全うなご意見だな」
「そこで、私としては既に代替品を準備して、明日の午後には到着するように手配をしたこと。故障原因については、メーカーさんに出してしっかり調査してもらい、後日お伝えすることをお話したんです」
「善久、見直したぞ」
「それから、先生のお気持ち、つまり我々への失望感や不信感については、すぐには修復できないのは重々承知していますので、時間をかけてでもしっかり対応して信頼を回復していきたいと話しました」
「おおっ、そこまで言い切ったか! す、凄いぞ善久。お前は俺の若い頃をはるかに越えたな」
「ありがとうございます。そうしたら、向井先生が『お前、気に入った』と言われて、院長室に連れていかれて、コーヒーとケーキを出してもらいながら、先生の若い頃の話を聴かせていただきました。先生の医療に対する熱い想いを聴かせていただいて、先生がなぜ我々を叱るのかが良く理解できました」
「善久、見事だよ。それこそが心の営業だよな」
「心の営業?」
「そうだ。若い営業マンはどうしても製品や医療手技などの知識、それに販売のためのセールストークといった技術ばかりを学びたがる。もちろん知識も技術も大事なんだけど、それだけではモノは売れないんだよ」
「はい。今回の件で少しその意味が理解できたような気がします。今回の事例では、私はほとんど技術なんて使っていないのに、クレームを収めることができましたから」
「そうだろう。だから、自分で考えることが大切だと言ったんだよ」
「はい、神坂課長の私に対するお気持ちも、今はすごく良く理解できます。昨日は、ムカつきましたけど」
「善久、言わなくていいぞ、そういうことは」
ふたりは声を上げて笑い合っています。
「ただ・・・。」
「ん、どうした?」
「ご施設に向かうときに頭を使いながら運転していたせいで、車の側面を壁に擦ってしまって、結構なキズが入ってしまいました」
「えー、マジかよ? 営業2課は事故が多いって西村の親爺から叱られたばかりなんだよ。参ったなぁ、誰か俺の代わりに西村部長のところへ叱られに行ってくれないか?」
「課長、クレームから逃げては行けません!」
「事故をしたお前が言うな!」
ひとりごと
心が技術を超えない限り、技術はけっして生かされない。
これも、永業塾塾長の中村信仁さんから教えられた言葉です。
技術ももちろん磨かなければなりません。
しかし、技術だけを磨いて心を磨かなければ、真の営業人にはなれません。
この言葉はそのままマネジメントにも当てはまるものだと、小生は考えています。
メンバーに対して心で接することができなければ、表面上でいくら褒めたり持ち上げたりしても、彼らはその心の内を見透かしてしまうはずですね。
【原文】
本然の真己有り。軀殻の仮己有り。須らく自ら認得を要すべし。〔『言志録』第122条〕
【意訳】
人間には心という真の己と肉体という仮の己が存在している。この2つの自己があることを良く理解しておかねばならない。
【ビジネス的解釈】
人間には心という真の自己と肉体という仮の自己が存在している。同様に、仕事においても心と技術の両面での鍛錬が必要であるが、重要なのは心である。この2つの存在を良く理解しておかねばならない。