営業2課の神坂課長と本田さんは、N大学医学部附属病院消化器内科の中村教授と面会しているようです。
(事の経緯については、第1257日の物語をご参照ください)


「中村教授、このたびはご無理を申しまして申し訳ありません」


「まあ、困った時はお互い様だからね。神坂君の確固たる誠を感じたから、OKせざるを得なかったよ」


「誠ですか?」


「誠意というのか、純粋な心というのか、そういうものを感じたよ」


「私は馬鹿ですから、あれこれと策が浮かぶわけではないので、同じ機種がN大学さんにあるなら借りるしかないと思っただけなんですけど・・・」


「でも、それは患者様のことを考えたからこその行動なんでしょう?」


「はい。それはその通りです。ベッドで寝たままお待ちになっていると聞いたら、居ても立ってもいられなくなりました」


「それが真っ直ぐに伝わってきたよ。そんなときに、系列がどうこう言っていたら、医療人として恥ずかしいよね」


「課長の誠が中村教授の心を動かしたのですね?」


「本田さん、だったよね? そう、その通り。こんな言葉があるんだよ。『至誠にして動かざる者は、未だこれ有らざるなり』。これは、吉田松陰の言葉だと思われている人もいるようだけれど、本当は『孟子』のなかにある言葉なんだ」


「誠意をもって人に接すれば、相手は意気に感じて必ず動いてくれるものだ、という意味ですか?」


「おお、名訳だ! 本田さんはなかなか優秀だね」


「中村教授、私の頃はウチの会社は三流大学卒ばかりでしたが、最近はそこそこの大学卒も入ってくるようになりましたから」


「ははは、なるほどね。さて、今の言葉には意外と知られていない続きの言葉があるんだよ」


「ほぉ」


「『誠ならずして、未だ能く動かす者は有らざるなり』とね」


「ああ、それならわかります。誠意のない小手先のテクニックでは人は動かないよ、ということですね」


「神坂君、やるじゃないか。お見事だよ」


「中村教授に誉められると、心から喜びが湧き上がってきます」


「ははは。私は、長谷川先生と違って、誉めて育てるタイプだよ」


「そうだ本田君、君は早めに内視鏡室でスコープをお借りして、S市民病院に届けた方がいいぞ」


「はい、そうさせていただきます。中村教授、この度は本当にありがとうございます」


「良い上司をもった本田さんは幸せ者だね」


「はい、心からそう思います!」


「本田さんは急いで内視鏡室へ向かったようです。


「神坂君、君は背中でとても大事なことを後輩達に語りかけているね」


「はい? どういうことでしょうか?」


「どれだけ営業のテクニックを教えても売れる営業マンになれるとは限らない、ということを実践で伝えているよね。テクニックも大切だけど、それよりもお客様のお役に立ちたいという想いの方が大切だよね」


「はい、それは私の営業の在り方の根本にある考え方です」


「神坂君は、電話で『この借りは必ず返すと言ってくれていたよね?」


「はい、必ず何か形にしてお返しします」


「その必要はないよ」


「えっ、何故ですか?」


「もう既に返してもらったからさ」


「どういうことでしょうか?」


「今回の一件で、私は君から大切なことを教えられたんだ」


「・・・」


「さっきの営業の話は医療にも通じる話なんだ。医療技術を磨くことは大切だけど、その前に『患者様の命を救いたい、健康な生活を取り戻させてあげたい』という想いがなければ、本物の医療人にはなれないんだよ」


「なるほど」


「医療行為は常に成功を求められるけれど、時には救えない命もある。そんなとき、医師がどれだけ誠意を尽くしたかで、患者様のご家族の対応は明らかに違ってくるんだ」


「それは、そうかも知れませんね」


「私も学生に講義をしているからね。今日、神坂君から教えられたことを講義のなかに取り入れないとな」


「恐縮です!」


ひとりごと 

昨日のひとりごとに、「それは誰かのお役に立つことか? そこに私欲はないか?」と自問自答してみようと記載しました。それをよりシンプルに言い替えるならば、「そこに誠はあるか」となるでしょう。

かつて故安岡正篤先生は晩年、口癖のように「最近は誠がない」と嘆かれていたと聞きました。

誠があれば何でもできるわけではありませんが、少なくとも人を動かすことはできるのだと信じましょう。

逆に誠ではなく、損得勘定で人を動かせたとしても、それで動くような人はすぐに裏切る可能性があるということも覚えておきたいところです。


原文】
已む可からざるの勢いに動けば、則ち動いて括られず。枉(ま)ぐ可からざるの途(みち)を履めば、則ち履んで危うからず。〔『言志録』第125条〕
 

【意訳】
已むに已まれぬ思いで動けば、邪魔されることはない。曲げることのできない義を貫けば、実践しても危機に陥ることはない。


【ビジネス的解釈】
もうこれ以外に方法はないと信じて突き進めば、人を動かせないことはない。自分が正しいと信じることを貫けば、どんなに厳しい場面でも乗り越えることができる。


DSC_1201






























嵐酔さんのブログより
http://sumiransui.blog.fc2.com/blog-entry-1195.html