飲酒事故の謹慎期間を終えて、雑賀さんが出社したようです。


朝礼の冒頭で平社長から説示があるようです。


「今回のようなことはあってはならないことです。雑賀君の処分には本当に悩みました。もし、人様を傷つけていたなら解雇処分にせざるを得なかったのかも知れません」


雑賀さんは神妙な面持ちで下を向いています。


「しかし、私は皆さんを家族の一員だと思っています。家族であれば、事故を起したからといって縁を切るでしょうか? どんなことがあってもサポートしていくのが家族です。だから、私は雑賀君の再起に期待したいのです」


「社員は家族か」
神坂課長がつぶやきました。


平社長の話が終り、司会の川井経営企画室長が雑賀さんに挨拶を促したようです。


「皆さん、このたびはご迷惑をお掛けしまして、本当に申し訳ありませんでした。自分のしたことがどれだけの人に迷惑をかけたのかを思うと、本当に情けない気持ちで一杯です」


大累課長は目を瞑って聞いています。


「ご存知のように、私はお酒を飲んでは失敗を繰り返してきました。今回の件で私はお酒をやめることを決めました。平社長はじめ経営幹部の皆様の温かいご配慮で、私はもう一度チャンスをいただきました。これから精一杯、一生をかけて会社のために力を尽くしていく所存です。皆様と一緒に働くことをどうかお許しください。私はこの会社が大好きです!」


「雑賀、立派だな。涙を流さずに話しきったところに好感をもったよ」
神坂課長が大累課長に話しかけています。


「俺は泣きそうなのを必死に堪えていました」


「ははは。お前はすぐ泣くからな」


佐藤部長が前に立ちました。


「雑賀君には復職にあたり、石崎君が取ってきてくれた大きなプロジェクトに参加してもらいます。このプロジェクトは今まで当社が請負ったことのない医療情報システム導入に関するものです。それには、当社一のIT通である雑賀君の力が必要です」


「再スタートを切るには良い仕事だね。彼ならではの力が生かせそうじゃない」
大竹課長が大累課長にささやきました。


「とにかく、家族の一員である雑賀君が戻ってきてくれたんだ。みんな、温かく迎えてあげてくれよ!」
川井室長が朝礼を締めました。


その後、雑賀君のデスク周りには多くの人だかりができています。


「とにかく1ヶ月も仕事に穴を開けてしまったので、これからは今までの2倍働きます!」


「今までの2倍? お前は今まで人の半分しか働いていなかったんだから、2倍じゃ足りねぇよ。4倍はやってもらわないと!」


「大累、厳しいね。俺はそんな鬼みたいなことは言えないなぁ」


「そうでしょうね、あなたはカミサマですから」


「なんだと、このやろう!」


「ははは。久し振りに神坂さんと大累さんの掛け合い漫才を聞けました。ああ、なんか良いなぁ。やっぱりこの雰囲気、最高です」


「別に漫才をしてるわけじゃないぞ。ただな、雑賀。あんまり焦るなよ。慌てて取り戻そうとして、身体を壊したりしたら、お前のお母さんを泣かせることになるからな」


「はい、神坂さん。ありがとうございます」


「きっと佐藤一斎先生も、お前にメッセージがあるはずだ。ね、佐藤部長」


「おー、無茶振りだな。そうだなぁ。一斎先生はこんなことを言っているね。『急迫は事を敗(やぶ)り、寧耐(ねいたい)は事を成す』とね」


「そうだぞ、雑賀」


「どういう意味なんですか、神坂さん?」


「そ、それは・・・。部長、よろしくお願いします」


「ははは。あんまり急ぐとかえって失敗するから、じっくりと逆風に耐えながら仕事を進めなさい、という意味だよ」


「そういうことだ、雑賀。当然、逆風は強いぞ。耐えられるか?」


「はい、何があっても耐えてみせます!」


「それにしても、カミサマは調子が良すぎませんか?」
石崎君が山田さんに話しかけました。


「そう思う? 私には神坂課長が一所懸命に明るい雰囲気を作ろうとしてくれているように見えるけどな」


「あ、そうなのか!」


「さすがはカミサマだな」
本田さんが石崎君にささやきました。


ひとりごと 

人間は失敗をするとそれを取り戻そうと焦ります。

その焦りがなお一層の失敗を招いてしまうということはよくあることです。

辛い時、ピンチの時こそ、粘り強く耐え抜く覚悟を持たなければならないのかも知れません。


原文】
急迫は事を敗(やぶ)り、寧耐(ねいたい)は事を成す。〔『言志録』第130条〕


【意訳】
事を成すことを焦れば失敗するし、じっくりと耐え忍んで実行すれば成功する。


【ビジネス的解釈】
仕事は急ぎすぎれば失敗する。じっくりと逆風に耐えてこそ成就するものだ。


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