今日の神坂課長は、総務部の西村部長、営業部の佐藤部長と一緒に東京での講演会に参加したようです。


帰りの新幹線の中で3人は、缶ビールとおつまみで一杯やりながら会話をしています。


「この前、ある読書会に参加しましてね。そこで『野火』という小説を読んだんですよ」


「神坂君、最近やけに勉強熱心だね。大岡昇平の『野火』だろ、あの本は考えさせられるよね」


「さすが西村さんですね。ご存知なんですか?」


「もう30年くらい前に読んだから、詳しくは覚えていないけどね。サトちゃんも読んでるんじゃないの?」


「ええ、私も学生時代に読みました。あの本ほど、戦争の無意味さや悲惨さを訴えている本はなかなかないですよね」


「フランクルの『夜と霧』と双璧かもなぁ」


「二人ともすごいですね。学生時代にあんな本をなぜ読もうと思えるのか、私にはまったく理解できません」


「それで、どんな話をしたんだい?」


「やはり、話の中心は人肉食になりますよね。主人公の田村と同じ状況に追い込まれたとき、果たして人肉を食べるだろうか、という話になりました」


「実際にあの状況を理解しようとしてもできるものじゃないけどな。ただ、本当に空腹で生きるか死ぬかとなれば、やはり食べるだろうな」


「西村さんもそういう意見ですか。私もそうです。人を殺してまでは食べないにしても、目の前に死んだばかりの死体があれば、やはり食べるだろうなと思います」


「あの物語で私が気になったのは、田村には奥様がいたはずなんですが、島を彷徨うときに田村は一度も妻のことを回想しないんです。それでいて、死を受け入れつつも、目の前の生に執着しているんですよ」


「さすがは佐藤部長ですね。そこを指摘している人もいました。人間も、最後の最後は、誰かのためでなく、自分のために生きようと思うのかも知れないと」


「要するに極限に追い込まれると、人間も一匹の動物になってしまうということかなぁ」


「戦争をすれば、また自分のような辛い思いをする人間が大量に発生する。それなのに世の中は、また戦争をする方向に向かいつつある。田村は帰国したのち精神病院に入院して、そこでこんな言葉を残しています。『戦争を知らない人間は、半分は子供である』と。この言葉は強く心に残っています」


「戦勝者も敗戦国ももともとは大義をもって戦いを始めている。しかし、結局は勝ったほうが正しいというのが戦争の結末だよな。所詮、大義なんてものはその程度のものなのかも知れないな」


「西村さんの言うとおりですね。戦争のような歴史上の出来事を見るときは、そうした大義名分や勝敗という事実だけに目を向けるのではなく、その戦争の中で尊い命を失った多くの人の思いを理解しなければいけませんよね」


「佐藤部長、あの本を読んで、私も心からそう思いました」


「ああ、戦争といえば、ちょうど今月号の『致知』に、昭和の名僧・釈宗演師の言葉が載っていて感銘を受けたよ。あ、ここ。この横田南嶺禅師の記事にね。あった、『戦争とは、強い者が、結局何も得るものがない一方で、弱い者が、すべてを失うことなのです』、まったくそのとおりだなと思ったよ」


「おお、その言葉もすごい言葉ですね。一国だけが軍縮を叫んでも無意味だからと軍備を拡張する。それは国を保つために必要なことかも知れません。しかし、世界のすべての首脳が戦争の無意味さを心から理解して、軍備を解く日が来ることを祈りたいですね」


「神坂君の言うとおりだね。それには政治家だけでなく、宗教家の果たす役割が重要になる気がするね」


「ちょうど昨日は、広島に原爆を落とされた日だ。神坂君のお陰で、とてもタイムリーな話題で、大事なことを考えることができたよ。だけど、まだもう少し到着までは時間があるから、ここからは楽しく飲もうじゃないか。ね、サトちゃん、神坂君!」


ひとりごと 

今日はちょっとビジネスを離れて、戦争について考えてみました。

先日、人間塾という読書会で大岡昇平の『野火』(新潮文庫)を読みました。

とても考えさせられる本でした。

人間塾の中で討議したこと、この本を読んで小生が感じたことを書いてみました。

私たち日本人は、唯一の被爆国として、常に戦争のことを忘れず、その悲惨さを訴えつづけていくべき国民なのではないでしょうか。


原文】
一部の歴史は、皆形迹(けいせき)を伝えて、情実或いは伝わらず。史を読む者は、須らく形迹に就きて以て情実を討出(とうしゅつ)するを要すべし。〔『言志録』第141条〕


【意訳】
一部の歴史の中には、すべて表面上の形跡を伝えるだけで、その出来事の中で起きている人間の心の動きを伝えようとしていない。歴史を読む(学ぶ)者は、表面上の事実からその内にある実情を探り当て、つかみ出さなければならない。


【ビジネス的解釈】
歴史上の出来事を読み取る際には、表面的な事実だけでなく、その奥にある登場人物の心の動きを捉える必要がある。同じように、ビジネスにおいても、顧客あるいは競合企業との折衝において、言葉の裏にある心理をつかむ必要がある。


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