今日の神坂課長は、月に一度の新卒社員さん向け研修を行っているようです。


「湯浅君、常に売上げ計画を達成し続ける営業マンというのは、どういう人だと思う?」


「は、はい。諦めない人だと思います」


「おお、良い答えだね。確かに、こんな計画は達成できるわけがないと初めから諦めていたら、結果は100%未達成に終わるからね。藤倉君はどう?」


「はい。準備を怠らない人だと思います」


「これも素晴らしい答えだな。準備で仕事は8割決まると言ったよね。では、志路君はどうだろう?」


「素直に売れている先輩の真似ができる人ではないでしょうか?」


「なるほどな。『学ぶ』という言葉は、『まねぶ』から来ているらしいからね。良いことを真似するというのは上達の基本だね。では、最後。梅田君」


「はい。もう私が考えたことはすべて先に言われてしまったので、気合が入っている人、ということにします」


「良いね! ここはひとつの正解を求められているわけではないから、前の人と違うことを言おうとする意識はとても大事だ。一番ズルいのは、前の人の答えを真似するやつだよな」


「えっ、でも神坂課長は先ほど真似は良いと言ってませんでしたっけ?」


「湯浅君、私は『良いことを真似するのは上達の基本だ』と言ったんだよ」


「良い答えを真似するのはダメなのかなぁ・・・」


「よし、その点は後でゆっくり話をするかな」


「あ、いや、大丈夫です。補習は嫌です」


「ははは」
一同、大爆笑のようです。


「4人の答えはどれも正しいと思う。まあ、今年の新人は個性的かもな。だいたい一人くらいは、『信頼を得られる人』と答えてくれるんだけどね」


「なるほど」
梅田君が納得しています。


「人間というのは、その人の言葉よりは行動を重視するし、行動よりも心、つまり価値観や考え方を重視して人を信頼するかどうかを決めるものだと思う」


「・・・」


「つまり信頼を得るためには、いくらカッコいい言葉を並べてもダメだということだね。さらに立派な行動をしたとしても、なぜそういう行動をしたのかが明確にならないと信頼を得るまでには至らないんだよ」


「それが価値観ですか?」
志路君が質問したようです。


「価値観といっても良いし、誠と言っても良いのかも知れない。どちらにしても、そのままではちょっと理解しにくいよね?」


「はい!」
湯浅君が元気に答えました。


「じゃあ、湯浅君。後でゆっくり・・・。嘘だよ。今、話をするね」


「ふーっ、良かった」


「ははは。たとえば、湯浅君が急ぎの資料を明日までに持ってきてと頼まれたとしよう。そのとき湯浅君は、お客様は急いでいるのだからと考えて、当日の夜のうちに資料をお持ちした。お客様は、『ありがとう。明日でも良かったのに』と大変喜んでくれた」


「・・・」


「その後、湯浅君はこう言うんだ。『先生に喜んでいただければ、また当社に注文をもらえると思ったので』」


「えーっ、湯浅。それはダメだよ!」


「おいおい、梅田。今のは課長の作り話だって!」


「あ、そっか」


「今のがAパターンだとしよう。Bパターンでは湯浅君はこう言うんだ。『先生は、明日は外来ですから資料をゆっくり見る時間がないですよね。今日のうちにお渡しすれば、夜ゆっくりとご確認いただけると思ったんです』」


「すばらしい!」
藤倉君がニコニコしながら声を上げたようです。


「いまの2つのパターンを考えてみよう。Aパターンから見えてくるのは、『売上第一、顧客はその次』といった価値観だよね。Bパターンの場合は、『顧客第一』あるいは『時間を大切にする』といった価値観が見えてくるでしょう。こういうのは言葉に出さなくても、表情やしぐさからも見えてしまうから怖いんだよ」


「たしかにそうですね」
志路君が深くうなずいています。


「だから、どんな価値観を持つかはひじょうに大事なことなんだ。まだ、君たちは仕事に対する価値観が定まっていないはずだ。だから、いまのうちに正しい価値観というのかな? 多くのお客様から賛同を得られるような価値観をもって欲しいんだ」


「はい」


「ただし、価値観にも正解はないよ。さっき4人が別々の答えをしてくれたように、価値観も個性だ。それぞれが自分で考えて、自分自身もそうだし、多くのお客様も納得してれるような価値観を築き上げてくれれば良いんだよ。そうすればきっと多くのお客様から信頼を得ることができるはずだからね」


「はい!」


「よし、これで今日の研修を終わります。さて、湯浅君。行こうか?」


「えーっ、補習は嫌ですーっ!」


湯浅君は神坂課長に肩を抱かれて、そのまま喫茶コーナーに連れて行かれたようです。


ひとりごと 

ビジネスにおいても、実生活においても、他人から信頼を得るということほど難しいことはありません。

すこしでも私欲や利己心が見えてしまうと、相手は警戒心を解きません。

結局、売れ続けている人というのは、売上げのことを頭から消し、私を滅し、多くの人が賛同する価値観に沿って行動しています。

売れる営業マンになることが難しいのは、信頼を得ることが難しいからなのです。



原文】
信を人に取ることは難し。人は口を信ぜずして躬を信じ、躬を信ぜずして心を信ず。是を以て難し。〔『言志録』第148条〕


【意訳】
人の信頼を勝ち取ることは容易なことではない。人は言葉ではなく行いを信じ、さらに行いよりも心を信じるものである。だからこそ信頼を勝ち取ることは容易ではないのである。


【ビジネス的解釈】
お客様やパートナーから信頼されるためには、言葉だけでなく行動することが重要である。しかし、それ以上に重要なのは、その行動に自分の価値観を込めることである。


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