19:00の営業部フロアです。
総務課の大竹課長が営業部2課の神坂課長のところにやってきました。
「神坂君、今晩付き合ってくれない? 『ちさと』に行こうよ」
「えーっ、昨日佐藤部長と行ったばかりですよ」
「そうなの? なんだよ、誘ってよ~! 誘わなかった罰として今日も付き合いなさい!」
「マジですか! そんな毎晩毎晩じゃ小遣いがいくらあっても足りないですよ」
「競馬で稼げばいいじゃない」
「その競馬の資金が底をついてきているんですよ!」
結局、ふたりは『季節の料理 ちさと』に居るようです。
「あら、神坂君。2日続けてご来店なんて、珍しいわね」
「違いますよ。タケさんに無理やり連れてこられたんですよ。これパワハラですよね?」
「神坂君はパワハラの加害者にはなっても、被害者にはならないタイプじゃない?」
「さすがママ。その通り! 神坂君が行きたそうだったから、誘ってあげたんじゃない」
「好きなこと言ってるよ、この親爺」
「はい、まずは乾杯! うほー、よく冷えてるね。最高!」
「やっぱりアンタが来たかっただけじゃないか!」
「まあまあ、お堅いことは言わないでさ。で、昨日はどんな話をしたの?」
「ああ、自分の中に誠を持つには、まず他人への敬意をもつことが先だ、といった話だったかな」
「ふーん、敬意ね」
「そういえば、タケさんは上司である西村さんを尊敬しているんですか。後輩である鈴木のことも尊敬できています?」
「ボスのことか? そりゃ、尊敬しているよ。この会社の営業部門を強化したのは佐藤さんだろうけど、ウチのボスが総務系の仕事をしっかりやって来たことも、我が社発展の肝だからね」
「なるほど。で、鈴木のことは?」
「彼は人を見る目が高いよね。俺は今でも鈴木君が神坂君と同期で、同じ大学出身だとは思えないもん」
「やかましいわ! むしろ大学時代の成績は、俺の方が良かったくらいですよ。目くそと鼻くその違いくらいですけど」
「食事中に汚いな。そういうとこだよね、君の品格の無さは」
「なんだよ。無理やり連れてこられた挙句に文句を言われるなら、俺は帰りますよ」
「ごめん、ごめん。でも、俺は神坂君のことも尊敬しているよ」
「本当ですかぁ? 俺のどんな点が尊敬に値するんですか?」
「そ、そりゃ、あの・・・」
「ないんかい!」
「真面目なことを言うけど、周囲に対する気の遣い方が素晴らしいなと思ってる。自分のグループだけじゃなく、新美君の昇格のときも、雑賀君の事故のときも、誰よりも親身になって対応するじゃないか。あれはなかなかできないよ」
「うーん、気持ちいい。もっと言って!」
「以上!」
「終わりかい! でも、そういうことなんですね?」
「何が?」
「人を尊敬するということは、相手の良いところや、自分には無いところを探せばいいんだな。そうすれば自然に尊敬の念が湧いてくるんでしょうね?」
「そうだと思うよ。ウチの会社の離職率が低いのは、トップから各マネジャーまでが、みんなお互いに敬意をもって仕事をしていることが大きいんじゃないかな。そういうのを見ている後輩たちも自然とお互いに尊敬するようになっていくんだろうね」
「社内トラブルの原因は、お互いが敬意を欠いているところにあるのかも知れませんね」
「そういえば、神坂君が入社したての頃って、しょっちゅう喧嘩してたよな」
「あれは若気の至りでして・・・」
「あの頃の君は、上司や先輩に対する敬意の欠片もなかっただろう?」
「そ、そんなことはないですけど。まあ、尊敬していたかと言われますと・・・」
「鈴木君が人事部に居たら絶対採用されていないよ。いや、むしろ普通の人事マンなら採用しないけど、鈴木君なら採用したかもな?」
「何をひとりでブツブツ言ってるんですか?」
「とにかく、敬意をもつことは大事だね。敬意があるから、矢印を自分に向けることができるんだよな」
「ああ、なるほど」
「はい、まだ郡上鮎も残っているんだけど、神坂君には昨日出しちゃったからな。今日は、アオリイカのお刺身でどうかしら? 大竹さんには鮎の塩焼きもお出ししますね」
「やっぱりママはお客さんのことをよく考えてくれているよな。とても参考になります。そして、尊敬します!」
「うん、昨日よりはわざとらしさが無くなったかな?」
ひとりごと
人を尊敬するためには、まず自分自身が謙り、相手の長所に目を向ける必要があります。
どんな人でも長所と短所を持っています。
一斎先生は別の章で、相手の短所に目を向けると自分が優れているように思えてしまうが、それではまったくメリットがない、と断じています。
そして、お互いが尊敬し合う職場であれば、人間関係が簡単に崩れることもないでしょうし、離職者も出ないはずです。
職場で互いを褒めあう時間を創るべきですね。
【原文】
敬は能く妄念を截断(せつだん)す。昔人(せきじん)云う、敬は百邪に勝つと。百邪の来る、必ず妄念有りて之が先導を為す。〔『言志録』第155条〕
【意訳】
敬があれば妄念を断ち切ることができる。昔の人は、敬は数多の邪念に打ち勝つものだと言っている。数多の邪念は、先にみだらな考えが生じた後、これに先導されて湧いてくるのだ。
【ビジネス的解釈】