S急便の中井さんが荷物を運んできました。


「毎度、今日は5個口です」


「あ、中井さん!」


「神坂さん、毎度ありがとうございます」


「その後も、例の若者たちとは順調なの?」


「お陰さまで。先月、ウチの営業所が初めて県内でトップの売上になって表彰されました!」


「マジで? 凄いじゃないですか?」


「俺、もうあいつらを尊敬しちゃいますよ。朝早くから夜遅くまで、本当に頑張ってくれています」


「おお、出たな!」


「えっ? 何が出たの?」


「あ、失礼しました。最近ずっと『敬』という言葉と格闘しているんですよ。やっぱり中井さんも部下を尊敬しているんだなぁ。それって言葉として伝えているんですか?」


「俺はカッコいい言葉は使えませんからね。そのままストレートに『お前ら尊敬する』って言ってますけど」


「私は恥ずかしながら、部下を尊敬するということの意味すら最近までわからなかったくらいでしてね。今は良いところ探しをしながら、敬の心を学んでいる最中なんです」


「俺だってつい最近まで、あいつらのことを尊敬するどころか、バカにしていましたからね」


「あ、神坂課長は今もそうです!」


「うるせぇ、くそガキ。じゃなかった、石崎君。そんなことはないよ」


「気持ち悪ぃ」


「てめぇ、ちょっと来い!」


「あ、時間だ。行ってきます!」


「なんだあいつは! 中井さん、あんな奴を尊敬しろというのは酷ですよね!」


「いや、上司をあれだけ茶化すことができる雰囲気を作っている神坂さんは凄いよ」


「ただ馬鹿にされているだけじゃないかな?」


「若い奴らの存在を認めて、家族の一員だと思って接するようになってから、あいつらの態度は明らかに変わりましたよ」


「やっぱり『愛敬』ですね。愛して敬する、これが大事なんだろうな」


「そうですね。こっちが敬意を持てば、必ず思いが伝わって、行動が変わりますよ」


「なるほどな」


「そういえば、西郷さんの有名な言葉に、『敬天愛人』ってあるじゃないですか」


「あ、それは聞いたことがあるな」


「天を敬い、人を愛す。天というのは、神様とかじゃなくて、宇宙の摂理を言うみたいですね。人間は宇宙の摂理の中で生かされている存在だから、常にそれに対してありがたいと思う気持ち、それが敬なんでしょうね」


「いやいや、中井さんどうしたの? なんか哲学者みたいになってきたじゃない」


「ほら、俺。彼女ができたじゃないですか? それからというもの、生きていられることがありがたくて仕方がないんですよ」


「ああ、交際は順調なんですね? 結婚は?」


「うん、来春までにはそうするつもりです」


「おー、それはおめでたいな。そうか、妻子があって、仕事があって、上司がいて、部下がいる。それは当たり前のことじゃないんですよね。その気持ち、忘れていたなぁ。中井さんのお陰で、『敬』への理解が一層深まりましたよ」


「俺が馬鹿なりに、こうして仕事ができていて、彼女ができたのは、佐藤さんと神坂さんのお陰でもありますからね。お二人は式にご招待しますから、絶対出席してくださいね!」


「それはもちろんですよ! 佐藤部長にも伝えておきますね」


「じゃあ、次に行かないと。毎度ありっ!」


ひとりごと 

「敬」とは、人に対して抱くものというよりは、宇宙の摂理に対して抱くものなのでしょうか?

一斎先生は、敬とは天の心が流入したものだと言っています。

つまり、天=宇宙の摂理と一体になることが「敬」だということでしょうか?

それを実感するのは、仕事で成功したときとか、昇格昇進したときよりも、いま生きていることや、すでに手にしているものをありがたく感じたときなのかも知れません。


原文】
己を修むるに敬を以てして、以て人を安んじ、以て百姓(ひゃくせい)を安んず。壱(いつ)に是れ天心の流注なり。〔『言志録』第158条〕


【意訳】
敬をもって自己を修養するならば、人を安心させ、さらに天下の人民をも安心させることができる。敬とは天の心が流れ注いだものなのだ。


【ビジネス的解釈】
リーダー自らが敬の心をもって自己を修養すれば、メンバーを気持ちよく働かせることができる。敬の心をもつことは、大自然の法則に則ることなのだ。


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