今日は休日です。


特に予定のない神坂課長は、自宅近くの喫茶店にやって来たようです。


「マスター、個室空いてる?」


「ああ、勇ちゃんか。空いてるよ、1番の部屋にどうぞ」


「ありがとう。いつもの深煎りのブレンドで!」


神坂課長は、個室に入ると、自宅から持って来た本を読みはじめたようです。


「ああ、これは凄い言葉だ!」


神坂課長の目は、本の中の一節に釘付けになったようです。


「『それ学は、人に下ることを学ぶものなり。人の父たることを学ばずして、子たることを学び、師たることを学ばずして弟子たることを学ぶ。よく人の子たるものはよく人の父となり、よく人の弟子たるものはよく人の師となる。自ら高ぶるにあらず、人より推して尊ぶなり』 そうか、人が勉強しなければいけない理由は、人の上に立つためではなくて、人の下に立つことを学ぶためなのか!


神坂課長が読んでいるのは、下村湖人著『青年の思索のために』という本です。


先日、A県立がんセンターの多田先生から自宅に郵送で送られてきた本のようです。


「俺は人の上に立つことばかり考えて来たのかも知れないな。部下として上司に逆らってばかりいたもんな。部下の時に正しい部下としての在り方を学んでこなかったから、今人の上に立つようになって苦労しているんだろうな」


深煎りのブレンドをすすりながら、神坂課長はひとりで深く考えをめぐらせているようです。


「そうか、最近ずっと『敬』について考えてきたけど、結局『敬』というのは、人に下ることそのものなんだな」


この言葉の解説部分に著者の下村湖人は、こう記載しているようです。


「『将来人の上に立つことを目あてにして、その手段として人の下に立つことを学んだのでは何の役にも立ちません。それでは決して人の下に立つ道は会得されないのであります。純一無雑になって喜んで人の指図を受け、心をむなしうして人に教えを乞い、一生をそれで終わっても悔いないだけのつつましさがあって、はじめてそれは会得されるのであります。そして、それでこそ自然に人に推され、人の上に立つだけの資格ができるのです。よく下るものはよく学び、よく学ぶものはよく進む。これが学問の法則でもあり、また処世の法則でもあります・・・』」


「俺に人の上に立つ資格はあるのだろうか? 俺は組織のコレステロールみたいなものだったんじゃないのか? 組織を流れる血液をドロドロにして、血流を悪くしてきたのは俺だったんじゃないのか?」


「佐藤部長は、そんな俺を見捨てることなく、いつも俺のよい所を伸ばそうとしてくれた。俺が言いたいことを言い放っても、いつも耳を傾けてくれた。俺はすばらしい上司の下で仕事をさせてもらっていたんだな」


「山田さんは、俺より年上なのに、俺が上司になる前からいつも俺を立ててくれた。それなのに俺は、俺の方が成績が良いのだから当然だと思っていた。俺は、なんてちっぽけな人間だったんだろう」


「本田君は、営業センスも抜群なのに、泥臭くて古めかしい俺のアドバイスを真摯に聞き入れてくれた。本当は、自分のやり方でやりたいこともあったはずなのに、俺のアドバイスを尊重してくれた。素晴らしい後輩だ」


「石崎は、生意気だけど、会社に貢献しようといつもあがいている。まだ2年目だぞ。俺が2年目のときに、会社に貢献しようなんてこれっぽっちも思ってなかった。そう考えたら、あいつの方がはるかに優秀じゃないか。少しぐらい生意気なのが何だっていうんだ。俺の2年目の頃の生意気さと比べたら可愛いものじゃないか」


「善久も、決して営業向きの性格ではないのに、なんとかして売上を伸ばそうといつも努力している。この前のクレーム対応は俺の期待をはるかに超える対応だったからな。あいつも確実に成長しているんだな」


「今年は入った梅田も面白い奴だ。2年目の二人がいるから、間違いなく成長するはずだ」


「そうか、俺は素晴らしい仲間と一緒に仕事ができているんだなぁ。たしか、大累が『今いるメンバーがベストメンバー』だと言ってたな。たしかに、みんな尊敬できる人たちばかりじゃないか。これまで本当に敬意が足りてなかったな。敬意が足りないと聡明でなくなるし、それどころか愚かになる、と一斎先生も言ってたな」


「そんなすごいメンバーが周りを固めてくれているんだから、あとは組織の血液をサラサラにして、血流を改善させるだけだな。血液をサラサラにする特効薬は、俺が全メンバーに対して敬意をもち、それをしっかりと表わしていくことだろうな」


神坂課長は、営業2課のメンバーを一人ひとり思い浮かべながら、尊敬の念を新たにしたようです。


ひとりごと 

本ストーリーの中に出てくる『青年の思索のために』の中江藤樹先生の言葉を目にしたとき、小生は大きな衝撃を受けました。

自分は真逆の目的のために、勉強していることに気づかされたからです。

以来、この言葉は小生にとって座右の銘のひとつとなりました。

ただし、この言葉を実際の藤樹先生の書籍の中に見い出すことが出来ておりません。

もし、出展をご存知の方は是非お知らせいただけないでしょうか。


原文】
敬を錯認(さくにん)して一物と做(な)し、胸中に放在すること勿れ。但だに聡明を生ぜざるのみならず、卻って聡明を窒(ふさ)がん。即ち是れ累(わざわい)なり。譬えば猶お肚中(とちゅう)に塊(かい)有るがごとし。気血之が為に渋滞して流れず、即ち是れ病なり。〔『言志録』第159条〕


【意訳】
敬を重視せずに単なる一物として、胸中に放任していはいけない。ただ聡明になれないだけでなく、愚かになってしまう。これは禍いといえるだろう。例えて言えば体内に大きな塊があって、血液の流れを滞らせている状態、すなわち病と同じだ。


【ビジネス的解釈】
人を敬う気持ちを疎かにすると、聡明になれないどころか愚かになってしまう。これは非常に危険なことだ。まるで血管内のコレステロールの塊が血流を塞ぐように、ビジネスの流れも滞ってしまう。


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