今日は新人育成の打合せがあるようで、4名の新人の教育担当者と佐藤部長、鈴木課長、神坂課長が参加しています。


教育担当者の一覧は次の通り。
営業1課
志路君(担当者:清水さん)
湯浅君(担当者:廣田さん)
営業2課
梅田君(担当者:山田さん)
特販課
藤倉君(担当者:雑賀さん)


「順番に成長度合いと課題を話してもらおうか。では、まず清水君からよろしく」
佐藤部長が指示をしたようです。


「志路君は、順調に育っています。かなり向こう気が強いのですが、早く会社に貢献できる人材になろうと努力しています」


「結構、バチバチやってるらしいじゃないか!」
神坂課長が突っ込みます。


「ええ、楽しくやってますよ」
清水さんがウインクで返します。


「私は湯浅君の教育担当ですが、湯浅君は少し心配です。人前で話をするとパニックのような状態になって、伝えたいことがうまく伝えられないようです」
廣田さんが不安そうに答えました。


この後、梅田君、藤倉君についてもほぼ順調という評価となり、話題は自然に湯浅君のことに集中してきたようです。


「廣田、湯浅君については少し慌てずに育てて欲しいんだ。人間のラーニングカーブ(学習曲線)は人それぞれだからね」


人事課の鈴木課長です。


「はい、新美課長ともそう話しています」


「どんな人物にも100%有効な指導方法というものは残念ながらこの世には存在しない。それぞれの性格に合わせて臨機応変に対処させるしかないんだ」


「鈴木の言うとおりかも知れないな。優しい性格の人には時には背中を押すとも必要だろうし、志路君みたなタイプの場合は、すこし抑えることも必要なんだろう」


「神坂君の言うとおりだよ。『論語』の中で孔子は、『勉強して良いと思ったことをすぐに実行すべきですか』と質問した二人のお弟子さんに対して、まったく真逆の答えをしているんだ」
佐藤部長の解説です。


「ほお」


「神坂君のようなガンガン前に出るタイプのお弟子さんには、お父さんやお兄さんに相談しなさいと言い、湯浅君のようなおとなしいタイプのお弟子さんには、すぐに実行しなさいと言うんだよ」


「めちゃくちゃじゃないですか!」


「今の神坂君と同じ疑問をもったお弟子さんが孔子に理由を尋ねたとき、孔子はこう言うんだね。他人の仕事まで奪ってしまうような積極的なタイプは少し抑えてちょうど良いし、引っ込み思案なタイプは背中を押す必要がある。それぞれにとって最適な答えは違うんだってね」


「なるほど。そういえば昔、私はよく自分の提案を考え直せと却下されたけど、同じような提案をした山田さんにはすぐにゴーサインが出たことがあって、理不尽に感じたのを思い出しました。そういうことだったんですね」


「そんなこともあったかも知れないな。そして、それ以外に大事なことは、仕事を依頼する場合には、必ずその意味を伝えること。そして、やり方は教えずに自分で考えさせること。彼らからアイデアが出てくるまで我慢強く待つことを徹底して欲しいな」


「はい!」


「人間というのはね、誰かから強制されてえ仕事をするときは、モチベーションも低く、アウトプットも低調なものになる。ところが、自分で考えて自分で実行するときには、モチベーションが高くなるから、必然的に高いアウトプットを出すことができるんだ」


「なるほどなぁ」
神坂課長がつぶやきました。


「本当は皆さんが導いているのだけれど、当の新人さん達はそれとは知らずに、自分で考え自分で実行したつもりになっている。そんな指導を心がけてください。そうすれば、湯浅君も必ず一人前の営業マンに成長できるよ、廣田君!」


「はい、ありがとうございます。暖かく見守ります!」


ひとりごと 

本章の人を動かすポイントはとても参考になります。

小生などは、ついつい仕事を一から十まで指示してしまい、メンバーが考える時間を与えないことがありまっした。

これではメンバーは育たず、いつしか指示待ち族になってしまいます。

時間は掛かりますが、戦力となってもらうためには、自ら考えて行動する習慣をつける必要があるのでしょう。

放任でなく、リーダーが密かに陰でコントロールしつつも、本人は自分の意思で動いていると思わせるような指導方法を心がければ、メンバーは確実に成長してくれるはずです。


原文】
人情の気機は、一定を以て求む可からず。之を誘いて勧め、之を禁じて遏(とど)むるは順なり。之を導いて反って阻し、之を抑えて益(ますます)揚るは逆なり。是の故に賀馭(がぎょ)の道は、当に其の向背(こうはい)を察し、其の軽重を審(つまびらか)にし、勢いに因りて之を利導し、機に応じて之を激励し、其(それ)をして自ら其の然る所以を覚えざらしむべし。此を之得たりと為す。〔『言志録』第181条〕


【意訳】
人の心の機微は常に一定というわけではない。時には勧誘したり、時には禁止したりするのは順当な方法である。導くことでかえって阻害したり、抑えようとしてかえって盛んになることは逆の方法である。そういう意味で人を治める方法は、その時の趨勢を察し、その軽重をしっかりと見極めて、勢いに乗じて導き、機を見て励ましながら、本人自身はそれが人から誘導されたり、激励されたわけではなく、自分の意志でそうなったのだと思わせるのがよい。これを人を動かす方法を会得したというのである。


【ビジネス的解釈】
人を教え導くのに確実な方法などない。臨機応変にその時、その人に適したオーダーメードの指導が必要となる。人を動かすコツは、実際にはこちらが導いていながら、当の本人はそれに気づかず、自分の意思で行動したと思い込ませることである。


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