「もしもし、え? マジか、どこで? それで、相手は大丈夫なのか?」
「石崎、誰からの電話だ?」
「神坂課長、善久が事故を起こしたようです」
「おいおい、本当かよ。ちょっと電話を変わってくれ。もしもし、状況を説明してくれ」
「あ、神坂課長ですか? すみません、期末の忙しいときに」
「そんなことはいいよ。それより事故の状況を説明してくれよ」
「はい。そんなにスピードは出していなかったのですが、急に前の車が止まったので」
「おかまを掘ったのか?」
「いえ、それでハンドルを切って、おかまは掘っていませんが・・・」
「善久、落着け。何を言ってるのかさっぱりわからないぞ」
「す、すみません。追突を避けようとしてハンドルを切ったら、電柱にぶつかりまして」
「なんだ、単独事故か?」
「いえ、けがの程度は酷くはなさそうです」
「はあ? けが人がいるのか? どういうことだよ、まったく状況が理解できないぞ。善久、落着け。警察は呼んだのか?」
「あ、誰かが呼んだようで、さっきパトカーが来ました」
「それで、何故けが人がいるんだよ?」
「ハンドルを切ったときに、横に原付がいたのに気づかなくて、バイクを巻き込んでしまいました」
「それでけがの程度はどうなんだ?」
「意識はありますが、足を骨折しているようです」
「お前、さっきけがの程度は酷くないって言わなかったか? 骨折って、結構酷いけがじゃないか!」
「石崎君、善久君はかなり動揺しているみたいだね」
山田さんが石崎君に話しかけています。
「はい、泣きそうな声でした。『どうしよう、どうしよう』ってそればかり言ってました」
「現場に行った方がよさそうだね。神坂課長、私が現場に向かいます」
「ああ、山田さん。申し訳ない。お願いしていいですか?」
「はい。ちょっと善久君が心配ですので」
「かなりパニック状態にあるみたいだよ。言っていることが支離滅裂で、聴くたびに答えが変わるような状況だからね。とても通常の精神状態にはないな、あいつ」
「課長、私も山田さんと一緒に行きます」
「そうだな、同期のお前がいた方が安心するかもな。頼む」
「はい、山田さん、行きましょう」
二人は事故現場に向かったようです。
「善久、深呼吸をしろ。いいか、俺は別に怒っているわけじゃないぞ。とにかく正確に状況が知りたいんだ」
「すみません。けがをしたのは私と同じくらいの年齢の女性で、右足が痛いと言って泣いています。とんでもないことをしてしまいました」
「救急車はまだなのか?」
「音が聞こえていますので、もうすぐ来ると思います。事故の検証が終わったら、すぐに病院に行ってきます」
「病院には俺も同行するから、まずはしっかりと警察に状況を説明するんだ。今、山田さんと石崎がそっちへ向かった。たぶん20分くらいで着くはずだ。落ちついて、正直に話をするんだぞ」
「はい。うう」
「善久、泣く奴があるか。やってしまったことは仕方がない。これからできる最善のことをしよう。じゃあ、一旦電話は切るぞ。しっかり説明するんだよ」
「はい。課長、ありがとうございます」
神坂課長は受話器を置きました。
「善久君、かなりのパニック状態のようだね」
いつの間にか佐藤部長がそばに立っていました。
「もう支離滅裂で、気が狂ったのかと思うくらい甲高い声を出していました。ちょっと心配です」
「神坂君はまず、総務部の西村さんとタケさんに事故の報告をしてくれるかい」
「はい、これからすぐ説明してきます」
「けが人への謝罪は会社としてしっかりと対応しよう。命に別状は無さそうなのは不幸中の幸いだけど、骨折となると後遺症などは心配だね」
「はい。若い女の子みたいです。骨折の程度が酷くなければ良いのですが・・・」
ひとりごと
うつ病を病むほどでなくても、精神的にパニックになると、自分で自分の言葉をコントロールできなくなるようです。
自分でも驚くようなことを口走ってしまうこともあります。
そういう状態にある人と会話する際は、まず精神を安定させることが先決です。
メンバーがそういう状態にある時こそ、リーダーは優しく寄り添うように話を聴くことが求められます。
かつて小生は、それができずにメンバーを追い込んでしまいました。
今更ながらに反省します。
【原文】
狂を病む人は、言語序無し。則ち言語に序無き者は、其の病狂を去るや遠からず。〔『言志録』第188条〕
【意訳】
気が狂っている人は、言葉に順序がない。つまり言葉に順序が無い人は、気が狂っていると見られても仕方がない。
【ビジネス的解釈】
精神的にパニックに陥っている人は言葉が支離滅裂になる。逆に言えば、言葉が支離滅裂な人は通常の精神状態にはないということである。(そういう状態にある人と接するときは、まず精神的に安定させることを優先すべきである)