今日の神坂課長は、同期で人事課の鈴木課長と喫茶コーナーで雑談中のようです。


「この前ふと思ったんだけど、ウチの新卒社員さんは外れが少ないよな?」


「なんだよ、神坂。少ないってことは少しはいるってことか?」


「あ、いや、そういうことじゃないよ。みんななかなか優秀だよ。やっぱり親孝行な人材を選ぶというお前のやり方は正しいんだな」


「突然、どうしたんだよ。俺を誉めても、コーヒーは奢らないぞ」


「そう言うなよ。いま、小銭がないんだよ」


「ちっ、やっぱりそういうことか! まあ、いいよ。貸しだからな」


「お前の良くないところはそういうセコさだろうな」


「人からコーヒーを奢ってもらっておいて、そういうことを言う。そういうところがお前の人間力の低さだな」


「そこまで言うか! ま、とにかく、ご馳走様です」


「お前との付き合いは、もう20年を越えているよな。その割りには、お前から奢ってもらった記憶が全くないな。本当にセコいのはお前じゃないのか?」


「いや、そういう小さなことをいつまでも覚えているお前がセコい!」


二人は半分真面目に言い争っているようです。


「何を同期でイチャイチャしているんだ!」


「あ、西村さん。お疲れ様です。あの、俺たち別にいちゃいちゃはしてません。どっちがセコいかを競っていたんですよ」


「そういうことは競うものか? そんな話をしているから、いつまでたっても君達には大物感が出ないんだよ」


「キツイ一発だな。そうだ、西村さんのご両親は健在でしたっけ?」


「父親は3年前に亡くなったよ。母は幸い元気で、今のところ頭もしっかりしているけどね」


「ああ、お父さんの件はそうでしたね。すみません」


「いや、いいよ。でも、なんでそんなことを聞くんだい?」


「最近、『論語』やその他の儒学の本を読んでいるんですけど、親孝行な人は社会に出てからも上司に対してしっかりと敬意をもって仕事をするものだ、という教えが出てくるんです。で、鈴木はそれを採用に活かしているようで、たしかに最近の若手社員さんはとても良い子が多いですよね」


「そうだね。親というのは自分の子に対して無償の愛を与えるだろう。けっして見返りを求めたりしないよね。そういう親の有り難味がわかる子というのは、上司が仮に厳しいことを言っても、親が自分を叱ってくれたこととダブらせて考えるから、逆恨みをしたりはしないんだろうな」


「なるほど」


「そもそも、俺が採用基準に親孝行な子かどうかを取り入れたのも、西村部長のアドバイスだからな」


「あ、そうだったのか」


「神坂君は覚えていないかも知れないけど、僕が君の採用面接をしたときに、君が言った言葉は今でも覚えているよ」


「えっ、俺は何と言ったんですか?」


「『親父は中卒で、学業に関するコンプレックスがあったのかすごい読書家だった。そして一所懸命に働いて、兄と私を育てて、自分が行けなかった大学にまで行かせてくれた。そんな父親に、自分も社会人として立派になった姿を早く見せたい』というようなことを言ったんだよ」


「別に大したことを言ってないですね」


「そんなことはないさ。そのときに私は、この子は親孝行な子だと確信できたから、他の面接官の反対意見を押し切って君を採用したんだよ」


「他の面接官は不採用だったんですね。はじめて知りました・・・」


「何を今頃落ち込んでいるんだよ。あのときは一緒に俺も面接を受けていたんだ。隣にいてお前の横柄な態度にはヒヤヒヤしたよ。正直、まさか採用されるとは思ってもいなかったからな」


「でも、結局は神坂君を採用したのは大正解だったわけだ。こうして立派に営業部の課長に成長してくれたんだからな」


「ありがとうございます。すべては採用してくれた西村さんがきっかけです」


「採用したのは私だけど、育てたのはサトちゃんだからね。サトちゃんにはしっかり感謝しろよ。そして、その恩返しのためにも、次は営業部を君が引っ張っていく覚悟が必要だぞ。そのためには、まずは2課のメンバーをしっかりとまとめあげないとな!」


「私が営業部全体をですか?」


「当たり前だろう。サトちゃんにはもっと上に行ってもらわなければいけないだろう」


「・・・」


神坂課長は考えてもみなかったことを言われて、すぐには言葉が出なかったようです。


ひとりごと 

最近では、絵に描いたような親孝行の物語はあまり耳にしません。

それは、親孝行な子が減ってしまったということなのでしょうか?

小生はそうは思いません。

人間には本質的に親を愛敬する気持ちが宿っているはずです。

問題はそんな愛敬の心を目覚めさせることができない親の側にあるのかも知れませんね。


原文】
孝子は即ち忠臣にして、賢相は即ち良将なり。〔『言志録』第215条〕


【意訳】
親孝行な人は上司に仕えても忠を尽くすものであり、国を治めても賢い大臣は軍隊を率いれば優れた将軍となるものだ


【ビジネス的解釈】
上司に敬意をもって仕事ができる部下を求めるなら、親孝行の人を選ぶべきである。また大きなプロジェクトを任せるときは、組織をしっかりとまとめているリーダーを選ぶべきである。


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