今日の神坂課長は、佐藤部長と同行で、N大学附属病院消化器内科の中村教授を訪れているようです。

「なんだか最近、神坂君の顔がいい顔つきになってきたね」

「中村先生、本当ですか? 先生にそう言ってもらえるとうれしいです」

「心境の変化かな?」

「そうなのでしょうか。気がついたら、営業課長3人の中では私が一番の年配になりました。少しは彼らのお手本にならなければという思いがあるのは事実です」

「人のお手本になろうと思うことは良いことだね」

「はい。ただ、自分はマネジャーとしてはまだ経験が浅いですし、これまでの営業マンとしての人生も失敗の連続でした。だから、お手本というよりは反面教師になっているかも知れませんが」

「他の2人よりたくさん失敗しているんでしょう。すごく良いことじゃないの」

「え、何故ですか?」

「人は自慢話より失敗談の方が好きだし、自然に腹落ちしやすいものだよ」

「ああ、なるほど。そういえば、私は佐藤からたくさん失敗談を聞かせてもらいました」

「だって、神坂君に私の自慢話なんかしようものなら、絶対耳を貸さなかったでしょう?」

「部長! でも、まあ、たしかに・・・」

「ははは。自分の失敗をしっかりとストーリーとして語れるといいだろうね。私も講演のときは、自分の失敗を物語りにして語っているんだ。人は物語が好きだからね」

「物語かぁ、勉強になります」

「そのためには、これまでの失敗をよく反省して分析することが重要だね。未来のことなんて誰にもわからないけど、過去の反省を活かすことで、ある程度未来への戒めにはなるでしょう」

「私の失敗経験が、彼らの参考になって同じ失敗をしないで済むなら、すごくうれしいです。よし、まずは失敗のたな卸しから始めてみます」

「失敗談を語るのは、自分を曝け出すことになるから勇気が必要になるよ」

「その点は大丈夫です。私はこれまでの人生でも、すべて失敗を曝け出しながら生きてきましたから!」

「ははは。失敗を自慢する人をはじめて見たよ!」


ひとりごと 

人の自慢話を聞くのは辛いものです。(笑)

どうせ、メンバーに話をするなら失敗談を語りましょう。

「ああ、リーダーも同じことに悩み、同じ失敗をしてきたんだな」と親近感を抱いてもらえるはずです。



原文】
人は当に往時に経歴せし事迹(じせき)を追思すべし。某の年為しし所、孰れか是れ当否、孰れか是れ生熟、某の年謀りし所、孰れか是れ穏妥、孰れか是れ過差と。此れを以て将来の鑑戒(かんかい)と為せば可なり。然らずして、徒爾(とじ)に汲汲営営として、前途を算え、来日を計るとも、亦何の益か有らん。又尤も当に幼穉(ようち)の時の事を憶い起すべし。父母鞠育乳哺(きくいくにゅうほ)の恩、顧復懐抱(こふくかいほう)の労、撫摩憫恤(ぶまびんじゅつ)の厚、訓戒督責の切、凡そ其の艱苦して我を長養する所以の者、悉く以て之を追思せざる無くんば、則ち今の自ら吾が身を愛し、肯(あえ)て自ら軽んぜざる所以の者も、亦宜しく至らざる所無かるべし。〔『言志後録』第8章〕

【意訳】
人は過去に経験した事柄を思い起こすべきである。ある年に自分がしたことはどれが正しく、どれが間違っていたのか。どれが十分でどれが不十分だったのか。ある年に自分が計画したことは、どれが穏当で、どれが過ちであったのかと。そうすることで将来への戒めとすれば良いことである。ところがそうではなくて、ただせわしなく慌しくして、未来を勝手に予測したり計画したところでなんの益があろうか。また人は特に幼少期を思い起こすべきである。父母が自分を養い乳を与えてくれた恩、子を案じて何度も振り返り抱きかかえてくれた労力、なでたりさすったり、不憫がっていつくしんでくれた厚情、教え諭したり、いましめただしてくれた切実な思いなど、父母が艱難辛苦して自分を養い育ててくれたことなどをすべて思い出してみれば、現在我が身を愛し、軽んじることことのないようにすることも、当然のこととして捉えることができるであろう。

【ビジネス的解釈】
仕事を進める上では、過去の出来事をよく反省し、何を活かして何を捨てるかを明確にしておくべきである。ロクに反省することもなく、楽観的な予測だけで仕事を計画することほどリスクの高いことはない。


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