「あーあ、参ったなぁ」
石崎君が頭を抱えています。

「どうした、少年。大志を抱いているか?」
神坂課長が目ざとく石崎君の表情を視界に捉えたようです。

「うわぁ、面倒くさい人が来た」

「お、朝から褒められちゃったな。それで、何を落ち込んでるんだ?」

「昨晩、彼女と電話してた時に、自分では自覚がないのですが、いつの間にか彼女を傷つけてしまったようです。突然、泣き出して電話を切られました」

「何を言ったんだよ?」

「それが、まったく記憶にないんです」

「言葉は釘と同じだというからな。一度打ち込んでしまった釘は、たとえ引き抜いても釘穴が残る。それと同じで、言葉が傷つけた心の傷も簡単には癒せないぞ」

「経験者は語る、ですか?」

「ま、まあな。そのとおりだ。俺はどれだけ言葉で人を傷つけ、人間関係を悪くしてきたことか。数え上げたら3日くらいかかるぞ。今朝もカミさんと口論になって、テンションだだ下がりで出社したところだ」

「その話はどうでもいいですけど、本当に彼女の心の傷をどうやって癒せばいいのか・・・」

「そういう時は素直が一番じゃないか。どんな言葉が彼女を傷つけたのかを教えてもらって、それに対して言い訳をせずにひたすら謝る」

「ですよねぇ。それしかないな」

「こういうときは、メールで誤ったりするなよ。言葉はその場で消費されるが、文字はずっと残るからな。メールで人を非難したり、反論したりするのは最悪の結果を招くぞ」

「言葉は諸刃の剣ということですね」

「おお、難しい言葉を知っているじゃないか。そのとおりだな。今日はノー残業デーだし、終わったら直接彼女のところへ行って謝ってこい!」

「そうします」

「甘い物を持っていけよ。女は結局、スイーツとやらに弱いからな!」


ひとりごと 

小生は、自分でも気づかないうちに、上から目線のモノ言いをするようです。

それで、どれだけ人を傷つけ、その結果自分も傷ついてきたことか。

悩ましいのは、自分では自覚がないことです。

もう50歳を超えたし、このまま治らないかも?と思うときもありますが、諦めることなく鍛錬していくしかありません。


原文】
天地間の霊妙、人の言語に如(し)く者莫し。禽獣の如きは徒(ただ)に声音有りて、僅かに意嚮(いこう)を通ずるのみ。唯だ人は則ち言語有りて、分明に情意を宣達す。又抒(の)べて以て文辞と為さば、則ち以て之を遠方に伝え、後世に詔(つ)ぐ可し。一に何ぞ霊なるや。惟(た)だ是の如く之れ霊なり。故に其の禍階を構え、釁端(きんたん)を造(な)すも亦言語に在り。譬えば猶お利剣の善く身を護る者は、輒(すなわ)ち復た自ら傷つくるがごとし。慎まざる可けんや。〔『言志後録』第10章〕

【意訳】
天地の間にあって、人間の言葉ほど不可思議なものはない。禽獣はただ音を発してわずかに意思を通じ合うだけである。ところが人には言葉があって、意思を明確に伝えることができる。また言葉を文字にすれば、遠方の人に伝えることや後世に残すことも可能である。なんと不可思議なものではないか。このように霊妙であるから、禍や人間関係の不和の兆しをつくるのもまた言葉である。例えてみれば、鋭い剣は我が身を護るが、逆に我が身を傷つけるものでもあることに似ている。大いに慎まねばなるまい

【ビジネス的解釈】
ビジネスにおいて特に慎むべきは言葉と文字である。意図せずに相手を傷つけ、結果的に我が意味を苦境に追いやるのは言葉と文字である。


kugi