神坂課長がめずらしく落ち込んでいます。
「神坂さん、どうしたんですか? なんか元気がないじゃないですか? 有馬記念を取り損ねたんですか?」
「大累、お前は一言多いね。凹んでいる先輩をみたら、いつも世話になっているんだから、優しく声を掛けられないのかね?」
「一部賛同できかねる部分もありましたが、概ね仰るとおりです。で、どうしたんですか?」
「そのわざとらしい笑顔はかえって気持ち悪いな。実はさ、梅田が真剣な顔をして悩み事相談に来たんだよ。それで、話を聞いてみたら、自分は車の運転が苦手なんだけど、これで立派な営業マンになれるでしょうか、って聞くんだよ」
「可愛いですね」
「俺もつい爆笑しちゃってさ。『お前、もっと他に悩むことがあるだろう。医学知識のこととか、クレームの応対とかさ』って、頭ごなしに叱ったんだよ」
「いつものきつーい言い方でね!」
「そ、そうなんだな。そしたら、梅田はしょんぼりして席に戻っていってな。入れ替わりに山田さんが俺のところに来て、諭されちゃったんだ」
「仏の山さんですからね。で、なんて言われたんですか?」
「『課長、まだ梅田君は新人ですよ。もちろん投手の配球を読むことも学ばなければいけないでしょうけど、その前にスタジアムの雰囲気に慣れるように勇気付けてあげましょうよ』ってな」
「神坂さんの大好きな野球に例えてくれたんですね」
「そうなんだよね。考えてみれば俺も社会人になるときは、それほど酒が強くなかったから、うまく酒の付き合いができないと営業としては駄目なんじゃないかと真剣に考えていたもんな」
「今じゃただの飲兵衛ですけどね」
「やかましい野郎だ。俺たちは後輩を見るとつい今の自分と比較してしまうけど、それじゃ駄目なんだよな。自分がそいつと同じくらいの年齢のときはどうだったかを考えないとな」
「なるほどね」
「そいつにとってはとても重要な問題かもしれないから、頭ごなしに否定するんじゃなくて、山田さんみたいに例え話なんかを使って、優しく諭してあげる必要があるんだろうな」
「たしかに、そうですね。俺もつい雑賀には頭ごなしに言っちゃいますから気をつけます」
「お互い初心を忘れないようにしような。ちなみに、言っておくが、有馬記念は当てたからな。3連複で49倍をヒットしたぞ」
「おー、珍しい。じゃあ、今晩奢ってくださいよ」
「行くか!」
ひとりごと
人の上に立つリーダーにとっては大切な章句です。
若い社員さんの心配事は、ベテランの我々からみれば、小さなことに思えるものです。
しかし、我々自身もそういう小さな心配事を解決しながら成長してきたのです。
今の自分と比較するのではなく、若い頃の自分と比較してみれば、いまの若者の方がよほどしっかりしていることに気付かされます。
【原文】
人は往往にして不緊要の事を将(もっ)て来り語る者有り。我れ輒(すなわ)ち傲惰(ごうだ)を生じ易し。太(はなは)だ不可なり。渠(かれ)は曾て未だ事を経ず、所以に閑事(かんじ)を認めて緊要事と做(な)す。我れ頬を緩め之を諭すは可なり。傲惰を以て之を待つは失徳なり。〔『言志後録』第36章〕
【意訳】
得てしてそれほど重要でないことを語る人がいると、私はその人を傲慢で馬鹿にしたような態度をとってしまうが、これは非常に良くないことである。その人はまだ経験が不足しているために、つまらぬ事を重要なことだと理解してしまっているのである。そういう人にはなごやかにたとえ話などを用いて諭してあげるべきである。傲慢な態度を取ることは、己の徳を失うことなのだ。
【ビジネス的解釈】
部下や後輩の心配事を頭ごなしに否定したり、軽くみてはならない。なにごとも自分で乗り越え、理解させる必要があるのであるから、やさしくたとえ話などをうまく使って、腹に落ちるような話をするべきである。ここで傲慢な態度をとれば、信頼を得ることはできないのだ。