今日の神坂課長は、佐藤部長と一緒にN大学医学部消化器内科の中村教授を訪れたようです。

「中村先生、本年もよろしくお願いします」

「こちらこそ、今年もよろしくお願いします。そういえばこの前、多田君と忘年会で会ったときに、神坂君がかなりの読書家に変貌したと、彼が珍しく褒めていたよ」

「本当ですか! 多田先生に褒められることは滅多にないので、純粋に嬉しいです」

「上司のお陰だね」

「いや、中村先生。私はとくに何もしていません」

「そんなことはないよね。上司の読書をする背中をみて、神坂君も感化されたんだよね?」

「はい、仰るとおりです。佐藤部長みたいな上司になりたいと思ったら、結局読書にたどり着きました」

「佐藤さん、私は最近、老荘思想に嵌っていてね。佐藤さんも老荘は読むの?」

「読み込むというレベルではないですが、過去に『老子』と『荘子』は読んでいます」

「老荘はいいよねぇ。とくに『老子』は読むと肩の力がスッと抜ける感じがするんだよね」

「わかる気がします」

「我々は日頃、失敗は許されない世界にいるからね。どうしても、「べき」論で話をすることが多くなる。「べき」論はちょっと疲れるものだよね?」

「はい、そんなときに『老子』を読むと、たしかに心が落ち着きますね」

「そうなんですか? また読みたい本が増えちゃったなぁ」

「たしか神坂君は、『論語』を読んでいるんだよね。あれは実践のテキストだから、読めば、自分に何が足りないかがわかり、何をすべきかが具体的に見えてくる。それは素晴らしいんだが、やはり「べき」論が多くなるでしょう」

「はい、そうかも知れません」

「そこで、老荘を読むと、駄目な自分や失敗した自分もまた自分であることに気付くことができるんだ」

「なんだか無性に読みたくなります。やはり、中村教授のプレゼンテーションは凄いです!」

「ははは、これは私のプレゼンなのか? そうかも知れないね。『老子』に比べると『荘子』は、ボリュームもあるし、やや智識偏重な感じがある。ただし、荘子はたとえ話の名人だから、読むと勉強になるよ」

「そうですね。神坂君、まずは『老子』をペラペラとめくってみたらどう? たぶん、神坂君の知らない世界が垣間見えるよ」

「『易経』に『書経』に、『老子』に『荘子』かぁ。どれから読めばいいんだろう・・・」


ひとりごと
 
ビジネス書作家でコンサルタントの小倉広さんは、『老子』は『論語』のアンチテーゼとして存在する、と言っています。

そういう意味では、『孟子』のアンチテーゼとして『荘子』があるとも言えそうです。

いずれにしても、儒学を中心にすえつつ、老荘思想を学んでおくことは、とても良いことだと感じます。


【原文】
老荘は固より儒と同じからず。渠(かれ)、只これ一箇の智の字を了す。老子は深沈、荘周は另(べつ)に機軸を出す。〔『言志後録』第50章〕

【意訳】
老荘思想は固より儒教とは違うものである。老荘は「智」ということに絞って悟りの境地に達している。老子は深く沈思するが、荘子はそこに新機軸を呈している

【ビジネス的解釈】
儒学は実践の学問である。一方、老荘は智慧の学問とみることもできる。儒学で行動の指針を立て、老荘で心のケアをするような読み方をすると良い。


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