今日の神坂課長は、年始の挨拶周りを終え、帰社する車中にいるようです。

ハンドルは神坂課長が握り、助手席には営業部の佐藤部長が座っています。

「部長、先ほどちょっと気になったのですが、手帳の最初のページに何か言葉を書きこんでいますよね?」

「ああ、あれね。あれは『言志四録』の中の言葉でね。佐藤一斎先生が常に願い続けた6つの項目なんだ。私は毎年、それを手帳の最初のページに書き込むことにしている」

「どんな内容なのですか?」

「簡単に言うと、志を常に忘れず、行動は規律正しく、品格は高く、知識は幅広く、専門分野を極め、思考は実効性を尊ぶ。といった感じかな」

「一斎先生はそうありたいと願っていたのですか?」

「うん。『言志後録』の最初の方の言葉だから、おそらくは50代後半、還暦手前の一斎先生の願いだね」

「その年齢の頃の一斎先生なら、もう相当の人格者であり、知識も豊富だったはずですよね?」

「その頃はすでに、今の東大に当る昌平坂学問所の教授のような立場だったからね。それでも、まだ自分を高めようとしたその志に感動して、ずっとこの言葉を手帳の冒頭に書いて来たんだ」

「すごいですね。いや、一斎先生もですけど、部長もですよ」

「私はただ書き写しているだけだよ」

「部長だって、私なんかに比べればはるかに人格者で知識も造詣も深いのに、まだまだ高めようとしている。ますます背中が遠ざかっていくなぁ」

「ははは、これは恐縮です。この前、中村教授とも話をしたように、儒学は『べき論』が多い。しかし、だからこそ、常に頭の片隅や目に付くところにおいて置く必要があると思っている」

「なるほど」

「できたかできないかにあまり拘らなくてもいい。ただ、常に目指すものをもつことが大事だということだね」

「私も何か自分を律する言葉を探してみます」

「できれば10年間変えなくても済むような言葉が良いと思うよ」

「私の40代を貫く志を言葉にするわけですね。なんかワクワクしてきましたよ!」


ひとりごと
 
実はこの章に出てくる6項目を小生も手帳に書き込んでいます。

べき論は、べき論だからこそ意識することが大切です。

結果的に出来たか、出来なかったかは別の問題です。

そもそも立志とは、べき論を持つことなのですから。


【原文】
志気は鋭(えい)ならんことを欲し、操履(そうり)は端(たん)ならんことを欲し、品望は高ならんことを欲し、識量は豁(かつ)ならんことを欲し、造詣は深ならんことを欲し、見解は実ならんことを欲す。〔『言志後録』第55章〕

【意訳】
物事に取り組む気持ちは鋭く、行いは端正であり、品性や人望は高く、見識や度量は広く、学問や技芸の造詣は深いものであり、考察や知見は実あるものでありたい

【ビジネス的解釈】
人の上に立つ者は、志気欲鋭、操履欲端、品望欲高、識量欲豁、造詣欲深、見解欲実の6つを強く願わずにはいられない


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