営業1課の廣田さんと営業2課の本田さんは同期入社です。

喫茶コーナーで二人が雑談中のようです。

「この前、かなり大きな商談を受注できたんだ。これで今期の100%は見えてきた」

「それは凄いな。俺は今期はまだ苦しんでいるよ」

「でもな、どうもあまり評価してもらえていない気がするんだ」

「新美課長にか?」

「うん。清水さんが商談を決めてきたときは、かなり褒めているのに、僕のときは、あまり喜んでくれなかった」

「新美課長に限って、そんなことはないと思うけどな。でもさ、廣田。上司の評価を気にして仕事をしない方がいいよ」

「本田は気にしないのか?」

「評価してもらえた時は素直に喜ぶけど、評価されなかったとしても、自分がチームに貢献できていると思えるなら、気にしないことにしている」

「へぇ、お前、人間的に成長したな」

「神坂さんがよく言っているんだよ。『成功するだけが楽しみじゃない。逆境を楽しめてこそ一人前の営業だ』ってな」

「なんだか悟りの境地だな」

「いくら自分のやるべきことを一所懸命にやり切ったとしても、必ず評価されるとは限らないよ。評価するのは自分ではなく、他人だからね」

「そうか、そこで不満を持ったり、どうやったら評価されるかなんて考えるのは良くないんだな。誰のために仕事をしているのかわからなくなるな」

「そうだよ。お客様のために最善を尽くして感謝されたなら、それは確実に会社にも貢献することになる。まずはそれで良いじゃないか!」

「そうだな。よし、今もう一つ大きな商談があるんだ。そこに集中するよ!」


ひとりごと
 
世の中には自分ではどうしようもないこともあります。


たとえば、自分の査定についても、評価するのはあくまで評価者であり、どう評価するかは評価者の課題です。

そこに一喜一憂する暇があったら、目の前の仕事に全力を尽くすことを楽しめ、と一斎先生は言います。

わかってはいても、なかなか難しいことではありますが・・・。


【原文】
人生には貴賤有り貧富有り。亦各おの其の苦楽有り。必ずしも富貴は楽しくて貧賤は苦しと謂わず。蓋し其の苦処より之を言えば、何れか苦しからざる莫(な)からん。其の楽処より之を言わば、何れか楽しからざる莫(な)からむ。然れども此の苦楽も亦猶お外に在る者なり。昔賢(せきけん)曰く、「楽は心の本体なり」と。此の楽は苦楽の楽を離れず、亦苦楽の楽に堕ちず。蓋し其の苦楽に処りて、而も苦楽を超え、其の遭う所に安んじて、而も外を慕うこと無し。是れ真の楽のみ。中庸に謂わゆる、「君子は其の位に素して行ない、其の外を願わず。入るとして自得せざる無し」とは是れなり。〔『言志後録』第69章〕

【意訳】
人の一生には貴賤もあれば貧富もある。その各々に苦楽がある。必ずしも富貴は楽しく、貧賤は苦しいというものでもない。思うに、苦しいという見地から言えば、すべてが苦しくなり、楽しいという見地から言えば、すべてが楽しくなるものである。しかしながら、こうした苦楽は心の外にあるものである。昔の賢人(王陽明)は、「楽は心の本体なり」と言った。心の本体としての楽は、苦楽の楽から離れず、苦楽の楽に堕するものでもない。思うに世間でいう苦楽にあって、しかも苦楽を超越しており、ただ自己が遭遇する状況に満足して、外の世界を慕うこともない。これが真の楽である。『中庸』という古典にも、「君子はその時の地位に甘んじて行動し、自分がどうすることもできない外のことを願わない。どんな境遇に入っても自主自由に道を行なう」とはこれ(真楽)である

【ビジネス的解釈】
ビジネスの成否は自分の思い通りになるものではない。成功に溺れず、失敗に落胆せず、ただ自分のやるべき仕事を淡々と処理することこそ、真の楽しみといえるのだ。


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