S急便の中井さんが荷物を届けにきたようです。

「毎度、ありがとうございます、S急便です!」

「中井さん、おはようございます。相変わらず元気ですね」

「ああ、神坂さん。おはようございます。神坂さんこそお元気そうで」

「元気だけが取柄の男ですから。なぁ、石崎!」

「突然振られても、反応に困りますよ・・・」

「バカたれ。そういう時は、『そんなことないですよ。課長は仕事もできるし、やさしいし』とかなんとか言えばいいんだよ」

「それは無理だよね、石崎君。心にもないことは言えないもんな!」

「さすが、中井さんです!」

「少年、あいかわらず可愛くないねぇ」

「そういえば、佐藤さんが入院されたんですよね?」

「そうなんですよ。でも、かなり回復したようですけどね。ただ、会社のほうは大黒柱が不在なので、大変なことになっています」

「そんなことないでしょう。神坂さんが居るんだから!」

「いやいや、佐藤が不在となって、あらためて存在の大きさに気づきましたよ。あの人は会社のため、お客様のためになることを自然に実行できる人です。そして、それを少しも誇るところがないんです」

「凄い人ですね。俺なんか、いまだについつい損得勘定が先になりますからね」

「同じくです。それに良い仕事をしたなと思ったときは、ついついメンバーに自慢話をしてしまう・・・」

石崎君と善久君が深くうなづいています。

「そうそう、この前も俺の部下がしくじりましてね。その尻拭いをした後は、その部下に散々説教をしてしまいました。3時間近くもね」

「3時間! それは駄目でしょう。説教は5分までと言われていますから」

「5分ですか? それじゃ何も言えないですね」

「つまり、何も言うなってことかも知れませんよ。尻拭いをする姿を通して語れ、ということじゃないですかね」

「なるほどね。神坂さんはそれを実行しているんですか?」

石崎君と善久君が大きく首を振っています。

「こいつらの反応のとおりです

「ははは。お互い、精進が足りませんね!」


ひとりごと

自然に善い行いができる人が誠の人であり、善い行いを人に誇らないのが敬の人だ、と一斎先生は言います。

東洋の古典を読むと、以下のような定義づけができそうです。

誠とは、自分がやるべきことに力を尽くすこと。

敬とは、自分の心を空っぽにすること。

己の為すべきことに精一杯尽力しつつ、他人の中に自分の足りない点を探す。

それができる人は、まさに仁者なのでしょう。


【原文】
為す無くして為す有る、之を誠と謂い、為す有りて為す無き、之を敬と謂う。〔『言志後録』第100章〕

【意訳】
作為的にすることなく、本性の自然より行うことを誠といい、本性の自然から何かを行ってしかも乱れないことを敬という

【ビジネス的解釈】
意識せずとも自然に為すべきことを実行するのが誠の人であり、実行したことを何事もなかったかのように振舞える人が敬の人である。


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