今日の神坂課長は、営業2課のミーティングを開催したようです。
「さて、いよいよ残り1ヶ月を切ったぞ。最後まで諦めず、少しでも売上をプラスできるように、各自でできることをしっかりやってくれ」
「自分ができることかぁ」
「どうした善久」
「はい、申し訳ないのですが、私はすでに計画達成は絶望的な数字になっています。どうやって会社に貢献したらいいのかと思いまして」
「可能性がある案件をひとつでも多くつぶしていくしかないだろう?」
「はい、ただその案件の方もほとんど結果が出てしまっていまして・・・」
「もう打つ手がないというのか?」
「私の考える範囲ではですが・・・」
「そう、その通り! お前の考える範囲が狭いんだよ。もっと工夫しないとな」
「はい?」
「もし、お前の案件にすべて可能性がないなら、他にやることがあるだろう?」
「他にですか?」
「考えてみろ! 石崎、お前はどうだ?」
「ちょっと無理して2つのご施設に提案書を提出したら、まさかの同日同時刻に面会の依頼がありました。どうしようかなぁ」
「お前は相変わらず無計画だな!」
「あっ!!」
「なんだよ、善久。急に大声出すなよ」
「ザキ、その商談、ひとつ俺が訪問するよ。詳しく経過を教えてくれないか」
「ゼンちゃん、そんなことしてもお前の売上にはならないよ」
「そんなの分っているよ。でも、可能性が低い案件を当るよりは、ザキに協力した方が会社に貢献できるじゃないか」
「いいねぇ、善久。それが工夫というものだ。押してもダメなら引いてみろ、ってやつだな」
「ゼンちゃん、いいのか? それなら詳しく説明するよ」
「なんとか決められるように頑張るよ」
「善久、本当は期末に案件が不足するというお前のやり方に大きな問題があるんだぞ。来期はそういうことがないように、しっかり種まきをしないとな」
「はい。そして、来期はザキに助けてもらえるような仕事をします!」
ひとりごと
百遍倒れたら百遍立ち上がれ。万策尽きたと言うな。策は必ずある。
これは有名な松下幸之助さんの言葉です。
打つ手は無限だとも言います。
もうダメだと思ったら、その時こそ今までのやり方をガラリと変えるチャンスなのです。
【原文】
羊を牽(ひ)きて悔亡ぶ。操存(そうそん)の工夫当に此(かく)の如くすべし。〔『言志後録』第110章〕
【意訳】
羊を進ませるのに、前から引っ張れば、かえって後ずさりして前に進まず悔いを残すが、後ろに下がって後ろから羊を追えば、かえって前に進んで先ほどの悔いはなくなるものである。同様に己の修養というものも、このように工夫をすることが重要である。
【ビジネス的解釈】
ひとつのやり方に拘り過ぎてはいけない。柔軟な発想で、押してだめなら引いてみる工夫を常に心掛けるべきだ。