特販課の雑賀さんが、営業2課の石崎君と同行中のようです。

ハンドルは石崎君が握り、雑賀さんはなぜか後部座席に座っています。

「雑賀さん、俺、タクシーの運転手みたいな気分ですよ。なんで助手席に座らないのですか?」

「だって、後ろの方が広いじゃないか。それに眠くなったらすぐ横になれるしな」

「酷い先輩だよなぁ。カミサマだってそんなことしませんよ」

「そうなの? 神坂さんなら絶対後部座席だと思ってた。それにしてもさぁ、この新聞に出ているサッカー選手のコメント、絶対嘘だよな」

「なんて言ってるんですか?」

「『無欲の勝利です』だってよ。スポーツで無欲な奴が勝てるわけないだろう!」

「雑賀さんの偏見は相当ひどいですね。みんながみんな雑賀さんと同じ考えなわけではないですからね。というか、雑賀さんと同じ考えの人の方がレアですよ!」

「失礼な奴だな。だって、スポーツなんて勝つためにやるわけだろう。まして、この選手はプロなんだからさ」

「たしかにカミサマもよく、『無欲なんて目指すな。私欲に勝る公欲を持て』なって言ってます」

「なにそれ? どういうこと?」

「無欲になんてなれっこないから、せめて私欲を抑えられる公欲、つまり世の中の役に立つことを考えろ、ってことらしいですよ」

「なるほどな、いいこと言うじゃん、君の上司は」

「時々ですけどね。大概は滅茶苦茶なことばかり言ってますけど」

「ははは。それでこそ神坂さんだな。だいたい私欲をずっと抑えつけてたら、どっかで爆発しちゃうだろう」

「それもカミサマは言ってました。上司になったらメンバーの私欲にはある程度目をつぶる必要があるって。たしか、清濁併せ呑むとかなんとか言ってました」

「石崎、お前はそうとうな神坂教の信者だな」

「か、勘弁してください。そんなんじゃないですよ!」

「そうなのか? 俺は大累課長が大好きだぞ」

「あんなに喧嘩ばかりしてたくせに!」

「喧嘩するほど仲が良い、って言うだろう。お前も素直になれよ!」

「別に好きじゃないですから!!」


ひとりごと

昨日は、誤って順番を間違えた章句を選んでしまいました。

こちらが本当の『言志後録』第113章でした。

人の上に立ったら、メンバーの公欲を湧き立て、社会の役に立つ仕事をさせることが重要です。

そのうえで、小さなことには目をつむるような清濁併せ呑むスタンスが求められます。


【原文】
古往今来、一塊の堪與(かんよ)は皆情の世界なり。感応の幾(き)此(ここ)に在るも、而も公私有り。政(まつりごと)を為す者宜しく先ず其の公情を持して以て物を待ち、人をして各々其の公情を得せしむべきのみ。然れども私情も亦恕として達せしめ碍(さわり)無かる可き者有り。事に臨み其の軽重を酌みて可なり。〔『言志後録』第114章〕

【意訳】
昔から今日に至るまで、この世界はすべて情の世界である。相感じる心の機微もそこにあるが、しかも公私の別がある。政治を行う者はまずはその公的な情を保持して物事に対処し、庶民にもその公的な情を得させるべきである。しかし私情についても寛容に受け入れて、特別障害とならないようなものもあろう。物事に対処する上ではその軽重を鑑みて処理すればよい

【ビジネス的解釈】
人の上に立つ者は、世の中の役に立つことを優先し、組織のメンバーの公的な欲を満たすことを考えるべきである。しかし、清濁併せ吞む心で、ある程度は私欲を満たすことに寛容になる方がよい。


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