今日の神坂課長は、ひとりで「季節の料理 ちさと」で飲んでいるようです。
「ママ、居なくなってみて、かえって佐藤部長の偉大さが身に染みたよ」
「あら、なんか佐藤さんがいなくなっちゃったみたいな言い方ね」
「そ、そうじゃないよ! でも、俺は入社してから今まで、これだけ長い間佐藤部長不在のオフィスを経験したことがないからさ」
「そういえばそうか。だいたい佐藤さんは、神坂君の傍若無人ぶりに悩んでいて、ひと駅余分に歩くことにしてこのお店を見つけたんだもんね」
「そうだったっけ? じゃあ、俺はママにとっては恩人だな。お得意さんをつないだんだから」
「そう、物は考えようね。何事も良い点をみることが大切!」
「本当にそう思うよ。今では、リーダーが何を語るかで、その会社のレベルがわかるようになったよ」
「へぇ、すごいわね」
「外でメンバーの悪口を言うようなリーダーのいる会社は三流だよ。逆に、リーダーが嬉しそうにメンバーの長所を話しているのを聞くと、こっちも嬉しくなるし、そういう会社が一流企業だと思う。規模の大きさは関係ないね」
「あなた本当にあの神坂君?」
「なんだよ、ついにボケたのか?」
「失礼ね! だって、あまりにも立派なことを言うからさ」
「佐藤部長が俺を見捨てずに辛抱強く育ててくれたからね。それに部長が悩んだときは、ママが部長を癒してくれてたんだから、ママも間接的に俺を育ててくれた恩人ということか」
「あら、間接だけ? 結構、直接ためになる話もしたつもりだけど」
「そうだっけ? それは覚えてないな」
「神坂君、あなたもうボケはじめたの?」
ひとりごと
他人の欠点というのは、自分のミラーだとも言われますね。
自分自身にも同じような傾向があることに気づいており、それをその相手よりはすこし抑えているという自負から、相手の欠点を指摘したくなるのです。
これを小生は、「目糞鼻糞領域」と呼んでいます。
この目糞鼻糞領域から思い切って外に飛び出せば、相手の欠点は気にならなくなります。
どうせなら美点凝視でいきましょう!
【原文】
人は多く己の好む所を話し、己の悪む所を話さず。君子は善を好む、故に毎(つね)に人の善を称す。悪を悪む、故に肯(あえ)て人の悪を称せず。小人は之に反す。〔『言志後録』第116章〕
【意訳】
人の多くは自分の好きなことを話し、自分が嫌いなことは話さない。君子と呼ばれる立派な人は善を好むので、いつも人の良い点を称賛する。また悪事を憎むので、敢えて人の悪い点を論(あげつら)うことはしない。ところが凡人はこの逆であることが多い。
【ビジネス的解釈】
リーダーは、メンバーの長所だけを褒め、短所についてはあえて吹聴すべきではない。