ゴールデンウィーク中日に、J医療器械の平社長は会社のマネジャークラスを全員招集したようです。

顔ぶれは、川井経営企画室長、営業部から佐藤部長、神坂・大累・新美の3課長、総務部から西村部長、大竹課長、鈴木課長といった面々のようです。

「すでに諸君らの耳にも入っていると思うが、私の息子はこの度O社を退職し、M社にお世話になることとなった。これまでは医療機器メーカーでものづくりを学んでもらったが、当社はディーラーである以上、ディーラーとしての仕事をしっかり学んでほしいという願いからだ」

全員が深くうなづいています。

「しかし、いずれは息子を当社に呼び戻し、経営を任せていくつもりでいる。あと5年はM社で勉強してもらい、戻ったら私の元で創業の想いを伝えながら、帝王学を教え込んでいくつもりだ」
全員が納得の表情で社長の話を聞いています。

「しかしだ、無条件で息子に社業を継承するつもりはない!」

「え?」
神坂課長が思わず声をあげました。

「息子に社業を任せても問題ないと私が判断し、そして諸君の承諾を得ることができれば息子に譲る。だが、あいつにその資格がないと判断すれば社業は引き継がない!」

「そのときは、どうされるんですか?」

「神坂、もしかしたらお前にお願いするかも知れない」

「えーーーっ、それは無茶ですよ!」

全員が爆笑しています。

「無理なんて言うな! 神坂、鈴木、大累、新美。君たちの中から2代目を選ぶことになる可能性はある。」

突然の話に、4人の課長はやや青ざめた表情をしています。

「私はこの会社の社員さん全員を家族だと思っている。それは口先だけでなく心からの想いだ。だからこそ、親として息子に引き継ぎたいという気持ちは強いが、それで家族を路頭に迷わすわけにはいかないと考えている。そこでだ!」

全員が真剣に社長の顔を見つめています。

「先ほどの4人の課長には、社外の研修で経営を学んでもらうこととした。ぜひ心して参加して欲しい」

「俺たちが経営の勉強ですか?」

「神坂、幸いにして息子に社業を引き継ぐことになっても、そのとき君たち4人の課長には全力でバックアップしてもらう必要がある。今回の研修は決して無駄にはならないはずだ!」

4人の課長は強くうなづいたようです。

「今年は、神坂と鈴木。来年は、大累と新美に受講してもらう。業務がある中で大変だと思うが、ぜひよろしく頼む!」

「はい!」

「それから、川井、西村、佐藤、大竹の4名にも、ぜひ力を貸して欲しい。引き続き、よろしく頼む」

「体が続く限り、ジュニアをサポートしますよ」
西村部長が4人を代表して答えました。

「それなら、お酒は控えないとね!」

「神坂、やかましいわ!!」


ひとりごと

『創業と守成、いずれか難き』とは有名な『貞観政要』における太宗の言葉です

しかし、いずれにしろ創業がなった後は、守成をいかにするかしか考える余地はありません。

過去の歴史をみると、国が亡ぶときは、トップの独裁はもちろんのこと、そのトップを取り巻く連中がイエスマンばかりで、トップの暴走を止めることができていません。

トップがしっかりと帝王学を学ぶと共に、いかに賢臣を近くに置けるかが重要なのです。


【原文】
余、史を読むに、歴代開国の人主は、閒気(かんき)の英傑に非ざるは無し。其の孫謀を貽(のこ)すも亦多し。守成の君に至りては、初政に得て晩節に失う者有り。尤も惜しむ可し。蓋し其の初政に得れば、固と庸器に非ず。但だ輔弼の大臣其の人を得ざれば、則ち往往其の蠱(こ)する所と為り、好みに投じ欲に中(あた)って、以て一時の寵を固くす。是(ここ)において人主も亦自ら其の過を知らず、意満ち志懈(おこた)り、以て復た虞(おそ)る可き無しと為し、終に以て国是を謬(あやま)る。是の故に虞・夏・商・周は、必ず左輔(さほ)・右弼(うひつ)・前疑・後丞(こうじょう)を置き、以て君徳を全うす。其の慮たるや深し。〔『言志後録』第165章〕

【意訳】
私が史書を読む限り、歴代の国を創業した君主は特殊な機運によって世をへだてて登場した英傑でない者はいないようである。その中には子孫のために謀を講じておく者も少なくない。守成の君主にいたっては、治世の初めには良い政治を行うも晩節を汚す者がある。非常に残念なことである。思うに最初に善き政治を行ったのであれば本来は凡庸な君主ではなかったはずである。ただ臣下に人物を得なかったために、そうした臣下が群がって、好みや欲に迎合して、一時の寵愛を勝ち取るのである。こうなると君主も自らの過失に気づかず、情意は満ちても志がゆるんで、恐れるべきことを恐れず、終には国家の大計を誤ることになるのだ。だからこそ、帝舜や夏・殷・周三代の名君は必ず左輔・右弼・前疑・後丞といった輔弼を配置して君主の得を全うしたのだ。その配慮は実に深いものがある

【ビジネス的解釈】
企業を継承する者は、創業者の想いをしっかりと理解し、優秀なブレインをそばに置くべきである。彼らはときに自分の意に反することや耳に障る意見を述べることがあるが、それを真摯に受け止める姿勢がなければ企業を継承することは難しくなる。


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