今日の神坂課長は相原会長に同行をお願いして、名誉院長クラスのお客様を訪問しているようです。

「神坂君、最近は部下の皆さんとうまくやっているの?」

「さあ、どうなのでしょうか? 私はそう思っているのですが、彼らがどう思っているのかは定かではありません」

「まあ、そうだろうね。『親の心、子知らず』というけど、ある意味で『上司の心、部下知らず』というところもあるからね」

「リーダーは孤独だと言われるのは、そういうことなんでしょうね」

「僕がひとつ意識していたのはね。結果ではなく、行動を指示することなんだ」

「どういうことですか?」

「結果は残念ながら自分の思い通りにはならないでしょう。でも、行動なら自分の思い通りにできるよね。たとえば、『必ず注文をもらってこい!』だと結果の指示になる。そうではなくて、『なぜこの商品がお役に立つのかをしっかりと伝えてこい!』と指示することを意識していたんだよ」

「ああ、なるほど。そういう意味だと私は結果を指示してしまっているかも知れません。反省だなぁ」

「僕は、正しい行動は必ず期待した結果につながると信じているんだ」

「だから行動を指示するのですね?」

「そう。結果の指示は過度のプレッシャーを与えることにもなるからね。パワハラ発言というのは、だいたい結果指示に端を発しているんじゃないかな」

「そうかも知れませんね」

「この年になってもね、もう少し長生きしたいとか、僕が死んだ後も家族が幸せであって欲しいなんていう想いが生じてくる。でもそれもすべて結果なんだよね。結果を望んでも仕方がない。そう願うからこそ、今を精一杯生きるしかないんだろうね」

「会長、私はまだまだ会長に会社に残ってもらいたいと心から思っています。今日だって、こうやってVIPドクターと親しく話ができるのは、会長がいてくれるからです。私にはまだ会長から学びたいことがたくさんあります。だから、会長の長寿を願うのは私も同じですよ」

「神坂君・・・」

「あれ、会長。泣かないでくださいよ」

「年とともに涙腺が弱くなってねぇ。神坂君、ありがとう」


ひとりごと

一斎先生でもそうだとすれば、いくつになっても欲望との戦いは続くようです。

せめて結果を望むのではなく、今なすべき行動に力を尽くすことに心を傾けるべきなのでしょう。

あとは「人事を尽くして天命を待つ」しかないようです。


【原文】
其の老ゆるに及んでや、之を戒むる得に在り。得の字、指す所何事かを知らず。余齢(よわい)已に老ゆ。因(よっ)て自心を以て之を証するに、往年血気盛んなる時、欲念も亦盛んなりき。今に及んで血気衰耗し、欲念卻って較(やや)澹泊(たんぱく)なるを覚ゆ。但だ是れ年歯(ねんし)を貪り、子孫を営む念頭、之を往時に比するに較(やや)濃(こま)やかなれば、得の字或いは此の類を指し、必ずしも財を得、物を得るを指さず。人死生有り、今強いて養生を覔(もと)め、引年を蘄(もと)むるも、亦命を知らざるなり。子孫の福幸も自ら天分有り。今之が為め故意に営度するも、亦天を知らざるなり。畢竟是れ老悖衰颯(ろうばいすいさつ)の念頭にて、此れ都(すべ)て是れ得を戒むるの条件なり。知らず、他の老人は何の想を著(つ)け做すかを。〔『言志後録』第176章〕

【意訳】
『論語』季氏篇には「老人になったら、戒めるべきは得つまり利欲である」とあるが、私には「得」の字が何を指しているのかよくわからなかった。私はすでに年老いた。そこで自分の心に照らして考えてみると、往年の血気盛んな時期には欲もまた盛んであった。最近は血気も衰え、欲は去ってやや淡白なものになってきた。ただ長生きを望み、子孫のために計を案じる想いは、往年と比較するとやや濃くなってきたようで、「得」の字はあるいはこうしたことを指しており、必ずしも財産や物品を得ることを指さないのであろうか。人には生死があるから、この年になって無理に養生したり、寿命を引き延ばそうとすることは天の命を知らない人間のやることであろう。子孫の幸福もまた天から賦与された分際がある。無理に計って何かをしようとすることも天の命を知らない行為である。結局、これらは老いぼれて朽ちかかった者の想いであって、すべて「得」を戒める条件なのだ。他の老人が何を思うかは私にはわからない

【ビジネス的解釈】
結果をコントロールすることはできない。リーダーは、良い結果がでると信じて、行動を導いくしかない。人事を尽くして天命を待つのだ。


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