神坂課長が帰宅しようと社屋を出たところで、S急便の中井さんとバッタリ遭遇したようです。

「あれ、中井さん。まだ仕事ですか?」

「おー、神坂さん。ここからが俺たちの勝負の時間帯ですよ」

「大変な仕事ですねぇ」

「そうだ、神坂さん。5分くらい時間ある?」

「いいですよ」

「実はね、ウチにまた新入りが来たんですけどね。こいつがよくわからない野郎で、いつもニコニコして俺のことを褒めたり、俺のやることにいちいち感心したりするんですよ」

「良い奴じゃないですか」

「実はそいつは結構学歴が高いんですよ。そこそこ名の知れた大学を卒業しているようで、本当は高卒の俺のことを馬鹿にしてるんじゃないかと思うんです」

「慇懃無礼ってやつか。でも、人間はそう簡単に本音を隠せるものではないですよ。ふとした発言の中に、意外とそいつの本音が隠れているものじゃないですか?」

「なるほどなぁ。よし、今度はじっくりと奴と話をしてみるかな。そうすれば、俺を馬鹿にしていることが見抜けるかも知れませんね!」

「ただねぇ、中井さん」

「なに?」

「私はそいつのことを知らないから何とも言えないのですが、そいつが中井さんを馬鹿にしていると決めつけてしまうのはどうなのかなぁ?」

「だって大卒の奴が高卒の俺を褒めるなんてあると思う?」

「それは中井さんのコンプレックスじゃないですか? 少なくとも今の仕事についていえば、中井さんはそいつからみて尊敬できる人なんだと思うけどなぁ」

「え、そ、そうなのかなぁ?」

「本当に言葉を聴いていればわかりますよ。先入観を持たずに、ニュートラルな状態で話をした方がいいですよ」

「そうなのかなぁ。たしかに俺は決めつけてたかもなぁ」

「ウチの石崎が私におべっかを使ってきたときは、大概何か裏がありますからね。わざとらしい言葉は一発でわかりますよ!」

「ああ、石崎君。でも、彼は神坂さんのことが大好きでしょ?」

「とんでもない! 陰で私のことを『カミサマ』とか呼んで馬鹿にしてますから!」

「神坂さん、お互いに先入観を捨てて、仲間に接したほうが良さそうだね!」


ひとりごと

本音は隠し通せるものではない、ということでしょうか?

しかし、本音をすべてさらけ出すと今の世の中は生き難い。

現代は人と人との距離感がこれまでにないくらい近い時代なのかも知れません。


【原文】
戯言(ぎげん)固(も)と実事に非ず。然も意の伏する所、必ず戲謔(ぎぎゃく)中に露見して、揜(おお)う可からざる者有り。〔『言志後録』第185章〕

【意訳】
ざれごとは本来事実ではない。しかもそこに潜んでいる本音は必ず洒落や冗談を言う中に露見するもので、隠しきれるものではないのだ

【ビジネス的解釈】
本音というものは、言葉を発すれば必ず露呈する。仮に言葉を発しなくとも、目や表情、しぐさの中にも現れる。


usotsuki