N大学医学部消化器内科の若手医師、堀部先生が中村教授のところにやってきたようです。

「教授、私は論文を書く才能がないようで、締切期限が近づいても思うように論文が書けません。なにか論文を書く秘訣はあるのでしょうか?」

「県立がんセンターの多田君は、あっという間に論文を書き上げることで有名だったなぁ。多田君のところに聞きに行ったらどうだい?」

「えっ、多田先生ですか! ちょっと怖いんですけど・・・」

結局、堀部先生は多田先生のところを訪ねたようです。

「という訳で、私はいつも論文を書くのにすごく時間が掛かってしまうのです」

「俺は書き始めたら1時間あれば書き終えるぞ」

「1時間ですか? それは神業ですよ!」

「堀部、俺の言葉をよく聞いていたか? 『書き始めたら1時間』と言ったんだぞ」

「はぁ・・・。どういうことでしょうか?」

「まず論文を書くための資料集めをするだろう。それを終えたら、お前はいきなり文章を書き始めるのではないか?」

「はい、そのとおりです」

「そこだよ。俺はまず書きたいことを大きなブロックに分けて、そこから図を使いながら章立てを考えていくんだ」

「なるほど、まず全体像を作り上げるのですね?」

「そうだ。AとBとではどちらを先に書いた方が伝わるかとか、実験結果をどう見せたらいいかとか、まず徹底的に練り上げる。そして、頭の中で全体像がくっきりと浮かんだら、即座に書き始めるわけだ」

「なるほど」

「いいか、堀部。論文というものは、一度書き上げてしまうと、そこから大胆な修正ができないものだ。だから書き始めるのをなるべく遅くするんだ。書き始める前に、徹底的に取捨選択を繰り返すわけだな」

「目からうろこが落ちました。勇気を持って多田先生のところを訪ねてよかったです。ありがとうございました!」

「勇気?」


ひとりごと

前職では、昇格の一次試験として論文試験がありました。

小生は、上長として10人以上のメンバーの論文を見てきましたが、拙い論文ほど、いきなり書き上げているという傾向がありました。

そこで、上述したように、なるべく文章を書くことを遅らせるように指示をしていました。

たたき台の段階で徹底的な推敲をすることを指示し、ときには一緒に推敲しました。

文章になっていないと不安はあるのですが、結局はこのやり方がもっとも早く論文を仕上げる手法でもあるのです。


【原文】
火急に文書を作るには、須らく必ず先ず案を立て稿を起して、而る後、徐(おもむ)ろに更(あらた)め写すべし。卻って是れ成ること速やかにして悞(あやまり)無し。〔『言志後録』第193章〕

【意訳】
緊急で文書を作成する場合には、すべてまず素案をつくり草稿を書き起こして、その後少しずつ修正しながら書き写すのが良い。この方が結局早くて正確な文章となる

【ビジネス的解釈】
文章を仕上げる近道は、事前に徹底的に推敲し、章立てを明確にしておくことである。小さな修正はその後に行えば良い。


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