今日の神坂課長は、営業2課の石崎君にお小言の最中のようです。

「石崎、これは酷すぎるだろう? 売値が定価より高くなっている見積りなんて、俺の長い営業生活の中でも初めてみたぞ!」

「すみません、焦っていたので計算を間違えました」

「これ、値引き金額を元の金額に足しているだろう。どういう計算式になっているんだ、お前の見積書は?」

「あ、本当ですね」

「『本当ですねじゃねぇよ! お前は、資料を作ったら見直しをしていないのか?」

「私に限って間違えるはずはないと思っているので・・・」

「馬鹿野郎! 現に間違えているじゃないか!!」

「以後気をつけます・・・」

「石崎、言葉というものは後には残らないが、文書というものはずっと残っていくものだろう。証拠を残すという意味では、文書に勝るものはないんだよ。しかし、証拠として残るからこそ、慎重に取り扱わなければいけないんだ」

「はい」

「手紙やメールは一度送ってしまったら取り消すことはできないだろう。大事な見積書でも平気で間違えるお前が、お客様にきちんとメールを送っているとは思えないよな」

「それは大丈夫です。ちゃんと見直ししてから送っていますから」

「じゃあ、なんでこういう見積が出てくるんだよ。今の言い方だと、お客様宛の文書は慎重に見直しをしますが、上司の俺に対しては手を抜いています、という意味になるよな」

「正直に言うと、少しそういう甘えがあったかも知れません。課長なら間違っていれば直してくれるだろうと・・・」

「俺だって100%お前のミスを見抜ける訳ではないよ。万が一こんな見積書をお客様に提示してしまったら、取引停止間違いなしだぜ!」

「そうですね」

「ついでにもうひとつ言っておくと、メールやFAXのあて先も必ず確認してから送信しろよ。もし原価が記載されている資料をお客様にでも送ってしまったら大変なことになるからな」

「なるほど。気をつけます!」

「神坂課長!」

「なんだ、梅田」

「さっき私に送られてきたメールですけど、善久さんに向けた内容になっていますが・・・」

「石崎、ほらな。こういうことは気をつけないとな、お互いに!」


ひとりごと

文章に誤記がある状態で送付または送信してしまった経験は誰にでもあるのではないでしょうか?

仮に見直しをしても、自分で書いた文章というものは、自分では正しく書いているという思い込みがあるために、意外と気づきづらいものです。

重要文書については、ダブルチェックの仕組みをつくりあげておく必要があるでしょう。


【原文】
遠きに行(や)り後に伝うるは、簡牘(かんとく)に如くは莫し。一時応酬の文字と雖も、必ず須らく慎重にして苟且(こうしょ)にす可からず、写し訖(おわ)りて審読(しんどく)一過して、而る後に封完(ふうかん)すべし。余嘗て人の為に硯蓋(けんがい)の銘を作りて曰く、「言語或いはあやまつも、猶お形迹(けいせき)無し。簡牘は慎まずんば追悔(ついかい)すとも革(あらた)め叵(がた)し」と。此の意を謂うなり。〔『言志後録』第194章〕

【意訳】
遠くにいる人に送ったり、後世に伝え残すのに、書き物にまさるものはない。一時的なやり取りであっても、必ずや慎重に取り扱い、疎かにしてはいけない。書き終えた後は、しっかりと読み返して、その後に封をするべきである。私はかつて人のために硯蓋(すずりぶた)に銘を書いたことがあるが、そこにはこう記したのである。「言葉は時に誤ったとしても形跡が残らない。ところが書き物はよく注意して書かなければ後悔の念を持っても改めることはできない」と。それはこのことを言ったものなのだ

【ビジネス的解釈】
文書を作成する際は必ず見直しをしてから送付または送信すべきである。一度誤って送られた文書は削除することはできないことを肝に銘じておく必要がある。


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