S急便の中井さんが、大手自動車メーカーの本社に荷物を届けに来たようです。
「毎度お世話になります。潮田社長宛のお荷物です。どちらにお届けすればよろしいですか?」
中井さんは受付の女性に確認しています。
「潮田から、今日届く荷物は直接運送屋さんに届けさせるように言われております。エレベーターで18階までお上がりください。そこで秘書がお待ちしております」
「えっ、社長様に直接ですか・・・。わ、わかりました」
中井さんは、秘書さんに導かれて社長室に入ったようです。
「やあS急便さん、わざわざお上がり頂いてありがとうございます。その荷物は、ある重要なお客様からのお届け物なので、直接受け取りたかったのです」
「ま、毎度、ありがとうございます。すごいお部屋ですね。入るだけで緊張します」
「ははは。私は潮田志郎です。あなた、お名前は?」
「はい、中井令と申します」
「中井さんね。これからも時々こういうお願いをするかも知れないからよろしくお願いしますね。せっかくだから、コーヒーでも飲んでいってください。今日は私も少し時間があるからね」
「い、いや、結構です」
「まあ、まあ、遠慮しないで」
結局、中井さんは応接ソファに座らされたようです。
すこし落ち着いてきた中井さんは、壁にかかった文字に興味を持ったようです。
「潮田社長、そこの額の言葉はどういう意味なのですか?」
「ああ、これですか。これは佐藤一斎先生の言葉です。私の尊敬する経営者から教えてもらった言葉でね。それを知り合いの書家に書いてもらったものですよ」
「すみません。よろしければ意味を教えてもらえますか?」
「敬忠、慎み深く自らやるべきことをやること。寛厚、心を広くゆたかにすること。信義、誠を尽くして嘘をつかないこと。公平、公正かつ平等に接すること。廉清、心身を潔白に保つこと。謙抑、人を立て、人に譲ること。という六つの事、十二個の文字を常に心に刻め、という意味です。この言葉を教えてもらってから、私は常にこれを自問自答してきたのです」
「ありがとうございます! すばらしい言葉を教えて頂きました。やっぱり一斎先生はすごい人ですね!」
「佐藤一斎先生を御存知なの。博学だね」
「はい。お得意先の部長さんも一斎先生の大ファンなので」
「ほぉ、それは素晴らしい」
「私は潮田社長の足元にも及びませんが、これでも何人かの部下がいます。私もこの六事十二字を大切にしていきます。メモさせてもらって良いですか?」
「もちろんだよ。中井さんは勉強熱心だね。良い運送屋さんと知り合いになれてうれしいよ」
ひとりごと
ここに挙げた六事・十二字については、いつも目に入る場所に記載しておきたいものです。
人の上に立つ人は当然ですが、これはまさに人生を上手に生き抜くための秘訣なのではないでしょうか?
小生はこの十二字のうち、いくつ実践できているかと数えてみたら・・・。
お恥ずかしくて書くのも憚られます。
【原文】
敬忠・寛厚・信義・公平・廉清・謙抑の六事十二字は、官に居る者の宜しく守るべき所なり。〔『言志後録』第197章〕
【意訳】
敬忠(尊敬・忠実)、寛厚(心が広くて温厚)、信義(誠実で正しい)、公平(公明正大)、廉清(心が潔白)、謙抑(謙遜して自分を抑制)の六つの事項およびこの十二文字は、官職に就いている者が心して守るべきところである。
【ビジネス的解釈】
人の上に立つ者は、敬忠・寛厚・信義・公平・廉清・謙抑の六事十二字を常に心に刻み、自分を振り返る際の基準とすべきである。