中野みどりは、小説家のたまごだ。

現在は小さな地方新聞社で記者をしながら、コツコツと小説を書いている。

しかし、これまで書いた小説はすべて陽の目をみておらず、少々自信を失いつつあるようだ。

思い余った中野は久しぶりに恩師を訪ねることにした。

「立花先生、どうしたら上手な文章が書けるのでしょうか?」

「みどり、お前は上手な文章が書きたいのか、それとも人の心をつかむ文章が書きたいのか、どっちなんだ?」

「えっ?」

「新聞記事というのは、事実をなるべく正確かつ客観的に伝える必要があるよな。しかし、小説は違う。お前の頭に浮かんでいる映像を読者が共有できるかどうかだ」

「・・・」

「それには、上手な文章を書く意識も大切だが、それ以上に読者の心のスクリーンに映像が浮かぶような文章を書く必要がある」

「どうすればよいのでしょうか?」

「2つあるな。まずは美文を数多く読むことだ。日本の作家の中で、美文において三島由紀夫の右に出る者はいないだろう。三島を読め」

「はい」

「もうひとつは、心を磨くことだ。『論語』の言葉に、『徳有る者は必ず言有り』とある。徳のある人間の言葉は自然と人を動かすんだ」

「心を磨くにはなにをすれば良いでしょうか?」

「これを読んでみろ。これは『鑑草』という本で、近江聖人と呼ばれた中江藤樹が婦女子のために書いた道徳の本だ。これを読んで『福善禍淫』の意味を理解しなさい」

福善禍淫ですか?」

「善いことをすれば、心には楽という福が、悪いことをすれば、心には苦という禍がもたらされる、ということだ。ここに書いてあることを愚直に実践すれば、おのずと心は磨かれるさ」

「立花先生、ありがとうございます。先生のアドバイスを信じて実践してみます!」

「みどり、あまり技巧に走るなよ。お前の個性を大切にしろ。出版社の評価がお前の真価ではない。俺はお前の文章が好きだ。かならず人の心に響く物語が書けるはずだ!」


ひとりごと

我々のいる営業の世界でも、上手に話すことができれば売れる、と勘違いをしている営業マンがいます。

もちろん、技術は重要です。

しかし、技術とともに磨くべきは人格であり、心です。

少しくらい話し方が拙くても、伝えたいことが溢れている人からは想いが伝わります。

そして売れるのです。

そういう意味では、営業も文章も同じではないでしょうか?


【原文】
朱子は経学を以て文章を掩(おお)う。徳有る者は必ず言有り。朱・呂二家の如きは、真に是れ能文なり。〔『言志後録』第203章〕

【意訳】
朱熹は経書の学問をベースにして文章を著している。『論語』にも「徳有る者は必ず言有り」とある。朱熹と呂祖謙の二氏は、本当に上手な文章を書くものだ

【一日一斎物語的解釈】
人の心に響く文章を書くためには、正しい文章を読み、人格を磨く必要がある。


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