ミュージシャンの笠谷俊彦は、曲作りに壁を感じていた。

「和田さん、俺の曲は自分でもマンネリ化している気がするんだよ。このままじゃ、長渕剛さんの二番煎じと言われたまま終わってしまいそうな気がする」

「随分弱気だな。笠谷、そこまでいうなら、すこし他人の力を借りてみるか?」

マネージャーの和田が提案した。

「他人の力?」

「ああ、そうだ。曲が出来上がるまでには、作詞、作曲、編曲、ボーカルという4つの作業がある。これまで、お前はそのすべてを独りでやってきた。最初はそれでヒット曲も出せたからな」

「そのどれかを手放せ、ということか?」

「ボーカルを手放す訳にはいかないだろう。だが編曲については、俺の知り合いに若手のアレンジャーがいるから任せてみよう。ところで、笠谷。お前は作詞と作曲ならどちらを手放す?」

「どっちも手放したくないよ!」

「それは俺の質問に対する答えになっていない!」

「待ってくれよ、俺はシンガーソングライターだぜ」

「売れないシンガーソングライターだろう?」

「なんだと! 和田さん、いくらなんでもその言い方はないだろう!」

笠谷は和田に掴みかかった。

しかし、和田は冷静だった。

「笠谷、本当はお前も気づいているはずだ。お前には作詞の才能が乏しい」

「・・・」

「お前の詩は、聴き手の心のスクリーンに映像として浮かんでこない」

「和田さん、そこまで言うなよ。わかっているさ、俺だって」

「お前のメロディにはお前らしさがある。そして、お前の歌声には俺は惚れこんでいる。そこはお前の専門性の高い分野だ。だが作詞と編曲については、より専門性の高い奴に任せてみないか?」

「和田さん、俺・・・」

「笠谷、このまま売れないシンガーソングライターの道を歩むのか、それとも人の心を揺さぶるボーカリストを目指すのか、それは決めるのはお前次第だ。俺もできるだけのサポートはすると約束するよ」

「このままじゃダメなのはわかっているつもりだ。他人の詩に曲をつけることにチャレンジしてみるよ」


ひとりごと

どんな仕事もいくつかの作業に分解することができます。

各作業をできる限り専門性の高い人に任せていくことで、仕事の質は上がるはずです。

人の上に立つ人は、適材をいかに適所で働いてもらうかに力を注ぐべきでしょう。

時には、本人にとっては辛い選択を迫る場合もあるはずですが、それがその人にとってベターな選択であれば、背中を押してあげる必要があるはずです。


【原文】
先ず草創し、次に討論し、次に修飾し、最後に潤色す。鄭国辞命の精密なること、但だ数賢の長を取るのみならず、文章鍛錬の法に於いても、亦宜しく然るべし。〔『言志後録』第207章〕

【意訳】
まず草案を作り、次にそれをたたき台として討議し、次に添削し、最後に文章に潤いを与える。鄭の国の外交文書作成の精密さは、ただ四人(卑諶・世叔・子羽・子産)の賢人の長所を取り入れているだけでなく、文章を鍛錬する手法としても、非常に優れているといえよう

【一日一斎物語的解釈】
かつて鄭の国では、文書を作成するにあたっても、四人の専門家がそれぞれの役割を担当した。文章に限らず、仕事の精度を上げるには、仕事を細分化し、それぞれの専門家に任せるのがよい。


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