小説家のたまごである中野みどりは、恩師・立花から手渡された『鑑草』(中江藤樹作)を読むうちに、中江藤樹という人に興味を抱くようになっていた。

後に藤樹の学問を広く庶民に普及させることに貢献した淵岡山(ふち・こうざん)は、藤樹との初対面のとき、藤樹の知識と才能の大きさに感動し、藤樹の弟子に感嘆をもって伝えた。

すると藤樹はこう言ったという。

「私は日頃から自分の知識が表に出ないように意識をしているつもりだが、岡山殿がそう言っているとすれば、隠しきれていなかったのだろう。それは、私にとっては恥ずかしいことでしかない」

この藤樹の言葉に触れたとき、みどりは全身に電気が走るのを感じた。

「私はいつも読者から、上手な文章だと思われたい、物知りだと思われたいと思って文章を書いてきた。それが、私の本が採用されない大きな理由だったのかも知れないな」

みどりは、藤樹の故郷である滋賀県高島市安曇川町上小川にある藤樹記念館を訪れることにした。

土曜日にも関わらず記念館を訪れているのは、みどりの他には、どこかの大学教授のような風貌の白髪の紳士だけだった。

白髪の紳士と目が合ったみどりは、思い切って話しかけてみることにした。

「あの、藤樹さんのことはお詳しいのですか?」

「いえいえ、私は藤樹先生の大ファンなだけで、詳しくはないですよ」

「そうですか、失礼しました。わたし、作家のたまごなんです。今のところ孵化する感じがまったくないんですけどね」

「ははは。お上手ですね。藤樹先生は生前、自ら出版を許した本はたった一冊しかないんです。ほとんどの本は、一度書き上げてもすぐには出版せず、何度も推敲を重ねたようです。処女作になるはずの『大学啓蒙』という作品は、自ら破り捨ててしまったので、現存していないんですよ」

「すごい! 私は書き上げたらすぐに出版社に持ち込みます。(笑) でも、やはりお詳しいですね、藤樹さんのこと。(笑)」

「藤樹先生のことを調べれば必ず出ている話です。知識をひけらかしてしまってすみません」

「もしかして、さきほど仰っていた藤樹先生が出版を許可した本というのは?」

「『鑑草』という本です」

「あー、やっぱり!」


ひとりごと

中江藤樹先生は、「経書を読むときは、聖賢の心をわが心とせよ」と言っています。

一方、にわか知識を言い触らすような勉強の仕方を、「口耳四寸(こうじしすん)の学」といって否定しています。

口と耳の間の距離は四寸(約12cm)です。

耳から入った情報をたった12cm先の口から発するだけの学問だ、という意味です。

自分の話や文章がそうなっていないか、もう一度セルフチェックする必要がありますね。


【原文】
応酬の文詩、畢竟人の翫弄(がんろう)に供するは、羞ず可きの甚だしきなり。顧亭林曰く、「文を能くするも文人と為らず、詩を能くするも詩人と為らず」と。此の語太だ好し。〔『言志後録』第209章〕

【意訳】
人と手紙や詩をやりとりすることは、結局は趣味上のあそびとなってしまうことがあるが、これは甚だ恥ずかしいことである。顧炎武が「美文を書いたとしても文人とは言えないし、名詩を作っても詩人とは言えない 」と言ったのは、非常に良い言葉である

【一日一斎物語的解釈】
知識をひけらかしたり、技術をもてあそぶような文章を書くことは恥ずべきことである。コミュニケーションで大切なことは、自分の心を伝えることにある。


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