大手医療器械メーカーO社のマーケティング部門長である重森正則は悩んでいた。

競合するF社の販売戦略に後手を踏むことが増えており、徐々にシェアを奪われつつあるからだ。

そんなとき、同期で教育研修部門長の雨森(あめのもり)隆が声をかけた。

「シゲ、現場を回ってみたらどうだ?」

「現場? 各地区のドクターなら技術連絡会にお呼びして意見を聞いているぜ」

「そうじゃないよ。現場の営業マンに意見を聴いてみたらどうだと言っているんだよ」

「アメ、現場の営業マンに聞いたって、ロクな意見が出てこないのは目に見えているさ」

「そうかなぁ? じゃあ、各地区の販売店の人に聴くのはどうだ?」

「ディーラーさんは、もっとひどいだろう。とにかく『他社に負けない製品を作れ』というか、『価格を安くしろ』というかのどっちかだよ」

「そう決めつけるもんでもないぜ。この前、販売店研修のプログラムを改訂するための意見聴取でN市のJ医療器械に行ったんだよ」

「ああ、あそこには神坂さんがいるな。あの人は面白い人だけど、正直、マーケティングで参考になるようなことは言ってくれないだろう?」

「神坂さんは、そうかもな。俺もあの人は大好きで、意外と教育についてはいろいろ面白い意見を言ってくれる人だから訪問したんだけどな。あそこに佐藤さんという営業部長がいるんだ」

「その人には会ったことがないな」

「俺も初めて会ったんだけど、なかなか鋭い人だったぞ。AIが既存の仕事を奪っていく中で、これからの人材に必要なのは、創造性とおもてなしの心とマネジメント力だと言っていた」

「へぇ、面白いな。その3つはAIが代替できない能力だということか?」

「そうなんだよ。一番印象に残ったのは、お客様や仲間におもてなしの心を発揮するためには、共感力を磨くしかないという話だった」

「なるほど」

「みな、共感と同情を同じものだと思っているが、それは違う。同情とは上から目線で相手を可哀そうだと思う心だ。だから同情されると人は嫌な気持ちになる。共感というのは、相手の心に自分の心をそっくり移植するイメージだ。もっといえば、相手の姿が自分の姿にみえるような心になることなんだそうだ」

「そんな深い話をされるのか?」

「現場でたたき上げた人の意見というのは馬鹿にできないぞ。俺は大いに刺激を受けて、共感力を磨くプログラムを開発するという大きなヒントを得て大満足で帰ってきたからな」

「そうか、俺も少し現場のベテラン営業マンや販売店のマネージャーさんに会ってみるかな」

「J医療器械さんに行くときは泊まりの予定にしておいた方がいいぞ。神坂さんに飲みに連れていかれるからな!」


ひとりごと

AI時代に活躍する人材はどういう人材なのかについて、田坂広志さんの『能力を磨く』(日本実業出版社)は大いに参考になります

ここに記載した内容も、その本からの引用です。

田坂さんは、AIが代替できない能力として、「クリエイティビティ」・「ホスピタリティ」・「マネジメント」の3つを挙げています。

さらに、その3つの能力を磨くにはどうすべきかについても沢山のヒントが書かれています。

ご一読をお薦めします。


【原文】
文儒は一概に武人俗吏を蔑視す。太(はなは)だ錯(あやま)りなり。老練の人の話頭は、往往予を起す。〔『言志後録』第213章〕

【意訳】
一般に学者と呼ばれる人は、武士や官吏を軽視するところがある。これは大いに誤りである。何事にも熟達した人の話は、往々にして自分を啓発するものである

【一日一斎物語的解釈】
本部スタッフは、現場の人間を低くみる傾向があるが、それはよろしくない。現場でたたき上げた人の話には、大いに啓発されるところがあるはずだ。


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