今日の神坂課長は、A県立がんセンターの多田先生を訪ねたようです。

「おお、神坂。ちょっと待ってろよ」

多田先生は、若手医師達に内視鏡処置のテクニックを教えているところのようです。

「やぁ、神坂。待たせて悪かったな。例の資料、持ってきてくれたか?」

「はい、カタログと見積りをお持ちしました」

「ありがとう」

「多田先生は、いつも惜しみなく技術を教えていらっしゃいますよね?」

「まあな。今の時代、俺の背中を見て覚えろなんて言ったって、誰も覚えやしないからな。俺が若手の頃は、自分で盗めなんて言われたけどな」

「ははは、それ、営業の世界も同じです」

「そうだろうな。今の若い奴らは教えてもらうことが当たり前だと思っているからな」

「でも、先生。せっかく先輩の背中をみて覚えた技術を教えるのは勿体ないと思いませんか?」

「まったく思わないな。俺は常に学び続けているからな。彼らに教えていたのは基本技術だ。俺はすでに応用編の最先端にトライし続けている。だから、まだまだあいつらに簡単に追いつかれるようなことはないさ」

「なるほど」

「神坂、後輩や部下から教えて欲しいと言われたら惜しみなく与えろ。教えることで学ぶこともあるからな。ただし、お前自身は教えて欲しいと思っても、簡単に先輩や上司に聴くなよ」

「なぜですか?」

「悩んで、もがいて、自分で考えるから人間は成長できるんだ。そんな貴重な機会を簡単に手放して、答えを求めていたら、そこで終わりだ!」

「たしかにそうですね。でも実は正直に言うと、ちょっと惜しいなと思いながら教えています」

「それは、お前と俺の人間の器の違いだな。お前は小物だからな」

「ちぇっ、今すぐ資料を持ってこいというから、一杯飲みに行くのをやめて持ってきたのに、酷い言われようだな」

「あ、そうだったな。それは悪かった。じゃあ、お詫びにこれから飲みに行くか?」

「待ってました! 先生、とびきりのお店を紹介してくださいね!」

「それはダメだ。実は今から俺の隠れ家に行こうと思っていたんだが、そこはお前には教えられないな。いつもの割烹に行こう」

「なんか、さっき言ってたことと違うような・・・。まぁ、いいか。あの割烹も私の身分からしたら高級割烹ですからね!」


ひとりごと

リーダーとして、部下や後輩から支援を求められたら惜しみなく手を貸すべきでしょう。

しかし、与えるのは良しとしても、求めるのは避けろ、と一斎先生は言います。

まずは自分でもがき、苦しみ、考える。

それが、後に自分の血となり肉となり、後輩の窮地を救う経験となるからでしょう。

まさに先憂後楽の境地ですね。


【原文】
人の物を我に乞うは厭う勿れ。我の物を人に乞うは厭う可し。〔『言志後録』第221章〕

【意訳】
人が自分に物の提供を求めてきたときは嫌がってはいけない。しかし自分が他人に物を乞うことは避けるべきである

【一日一斎物語的解釈】
自分の経験や知識は惜しみなく与えよ。しかし、他人に求めることはするな。


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