「人生なんて、どうせ思い通りになるもんじゃない。真剣に生きようが、適当に生きようが、どうせなるようにしかならないんだろうな」

シンガーソングライターの笠谷俊彦は、マネージャーの和田に居酒屋で愚痴をこぼしていた。

「たしかにこうやったら確実に成功するなんてやり方はないだろうな。ただ、真面目に生きた方が人生の最後には満足感を得られるんじゃないのか?」

「この前、ふちさん(作詞家)に言われたんだよ。売れる歌を作るんじゃなくて、聞く人に生きる勇気を与えるような歌を作れって。でも、まだ迷いがあるんだよな。それで結局、売れなかったら、音楽をやめなきゃいけないときが来るんじゃなかって不安になるんだ」

「笠谷、自分の人生がどうなるかなんて誰にもわからないさ。だがな、仮に新しいことに挑戦して失敗したとしても、なにもせずにいるよりは生きた証が残せるじゃないか!」

「生きた証か」

「『成功の反対は失敗ではない、何もしないことだ』という言葉がある。まず行動してから考えることじゃないのか?」

「そうだな。ふちさんが今、アルバム自体がひとつの物語となるようなコンセプトアルバムのための詩を書いてくれている。そこに俺なりの思いを込めた曲をつける。今はそのことに全力を尽くせばいいということだね?」

「俺はそう思う。流行に乗った曲で売れたとしても、それは長くは続かない。いわゆる一発屋というのは、時流に乗っただけで、実力が伴わなかったアーチストなんだろう」

「実力があれば、一発で終わらないということか?」

「まあ、もちろん運という要素も大きいだろう。ただ、真剣に生きない人間に幸運は舞い込まないと信じたい。笠谷、本物の曲を作ろう。10年どころか50年後に聴いても、人の心を打つような本物の曲をな」

「和田さん、やってみるよ。真剣に生きて、真剣に曲作りに挑戦してみるよ」

「はい、お待たせしました。今が旬のイサキのお造りです。正真正銘本物のイサキですよ!」

「ママ、イサキにも偽者があるの?」


ひとりごと

自分の人生がどう転ぶかは、誰にもわかりません。

禍福終始に必ず出会い、喜び、傷つきながら生きていくしかありません。

しかし、こうして古典を学び続けて見えてくるのは、今目の前にある道を精一杯進むしかないということです。

そして、もし分岐点にさしかかったら、あえて茨の道を選ぶべきだということも教えてくれます。

そのためにも、禍福終始を知って惑わない心をつくり、本物を見極める力を養う必要があるのです。


【原文】
陰陽の変化、人をして其の端倪(たんげい)を識らざらしむ。荘周之を詭弔(きてい)と謂う。孫子の詭道即ち是なり。〔『言志後録』第234章〕

【意訳】
陰陽の変化は、人には本末終始が計り知れないということを知らしめる。荘周(荘子)は『荘子』斉物論の中で「弔詭(てきき)」、つまりたとえようもなく不可思議なことだとしている。孫子が「兵は詭道なり」としているのもこのことである

【一日一斎物語的解釈】
物事の本末や終始を的確に捉えることは難しいことである。しかし、物事には必ず本と末があり、始めと終わりがある。それを知るための努力を怠るべきではない。


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