今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋にいるようです。

「さすがにお盆になると、クリニックさんは軒並み休みなので、ゆったり時間が流れますね」

「市内も道路は空いているよね。ただ、大型の台風が接近しているのが気になるけどね」

「すでに明日の新幹線や空の便は欠航になったようですね。帰省ラッシュが大混乱に陥るのは必至です。実家に帰っているメンバーも無事に戻ってこれるかどうか?」

「本当だね。心配だなぁ」

「適宜、連絡をとって、無理はしないように伝えています」

「そうして欲しいね」

「はい。ところで、部長。最近すごく考えてしまうことがありまして」

「何?」

「心配したり、喜んだりする意識というものは、形がないですよね。声に出せば録音できるし、文字に書けば記録として残すことはできます。しかし、意識というものは残しようがないですよね」

「それはそうだね」

「たとえば、あの京アニに放火した犯人がもしこのまま死んでしまったら、彼が何を考えていたのかは闇の中です。将来、脳を分析することで、このときはこう考えたといった意識を後から解明することは可能になるのでしょうか?」

「それはきわめて難しいだろうね。肉体や脳の死とともに、それらは跡形もなく消えてしまうだろうな」

「どれだけ脳科学が進歩しても、遡って解析することはできないのか? そう考えると、人間の意識というのは不思議なものですね。形はないけれど、たしかに私の中にも部長の中にもあるものです」

「うん。一斎先生は、心の本体は性だと言っているよね。そして朱子は、性とは宇宙の摂理そのものだと言っている。人は宇宙の摂理を身体に宿して生まれ、死ぬとすべてを宇宙にお返しして何も残さない。そこにどんな意味があるんだろうね?」

「宇宙の摂理に則れば、本来は善であるはずなのに、犯罪を犯す人が後を絶たないのは何故なのでしょう?」

「学問をしなければ、心は汚れていくからねぇ」

「考えれば考えるほど、人間の意識や心って不思議だなと思えてしまいます」

「お盆にゆっくりと思索を深めるというのは悪いことではないよ。ただし、その問いに答えがあるのかどうかはわからないけどね」

「この辺にしておきます。これ以上考えると眠れなくなりそうですから!」


ひとりごと

形のない「意識」はたしかに人を司っています。

現代の科学ではそれは脳の分野に属していますが、朱子や一斎先生の時代までは、心の問題だと把握されてきたようです。

しかし、いずれにしても意識を遡って解明することはできないでしょう。

人体の不思議を感じずにはいられません。


【原文】
認めて以て我れと為す者は気なり。認めて以て物と為す者も気なり。其の我れと物と皆気たるを知る者は、気の霊なり。霊は即ち心なり。其の本体は性なり。〔『言志晩録』第11章〕

【意訳】
自分で我と認めるものは気である。また物と認めるものも気である。我(主観)と物(客観)とが気であることを知るものは気の霊である。霊とは即ち心である。そしてその心の本体とは性である

【一日一斎物語的解釈】
主体と客体とを認識し、見分けるのは心の力である。人間の心は宇宙の摂理を体得したものであるから、本来は善なのだ。


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