プロ・ミュージシャンの笠谷俊彦は、今日も曲作りに没頭していた。

一度はつかんだ栄光、そこから滑り落ちた今、そしてこの先どうなるのかという明日への不安と戦いながら、すでに2週間以上もギター一本を手に旅を続けている。

今日は内房の港町にいるようだ。

台風が去ったというのに、風は依然として強く、空一面を雲が覆っている。

太平洋のうねりを眼下に見渡せる場所で、笠谷はギターケースからギターを取り出した。

「目の前の暗闇を恐れるな。俺の手には小さな灯りがある。その灯りだけを頼りに進めばいい。目の前の一歩を
踏み出すんだ」

作詞家ふちすえあきの作った詩を読み直し、笠谷は静かに目を瞑った。

「ふちさん、俺の明日はどうなるのか不安で仕方がないですよ。でも、俺にとっての一燈はこのギターだ。こいつさえあれば、俺は道を切り開いていける。そうだよね?」

そのとき突然、雲の切れ間から細い一本の陽光が差し込んだ。

それが笠谷には、まるで天へと続く長く険しい一本道のように見えた。

「そうか、俺はまたここから長い上り坂を登り続けなければいけないんだな。でも、俺一人ではないんだ。俺と同じようにもがき苦しんでいる奴らと一緒に、この長い上り坂を登りきってみせるさ」

笠谷はギターのチューニングを始めた。

「いまは俺ひとりかも知れない。でも、俺がこのアルバムを完成させれば、同じ思いに共感した仲間が一緒に歩き出してくれるはずだ。そしていつか、この坂を上りきった先で、皆で涙を流して喜び合う日がくる」

C,G,Am,F とコードを奏でてみる。

「みんな待っててくれよ。もうすぐお前たちに新しい歌を届けるからな。てっぺんで合唱する応援歌をな!」


ひとりごと

一燈照隅、万燈照国。

これは最澄の言葉だと言われています。

ひとりが小さな灯りで自分の周囲を照らす。

ひとりでは小さい灯りかもしれないけれど、そうして一隅を照らす仲間が増えていけば、いつしか国中を照らす灯りとなる。

誰かの一燈を待つのではなく、自らが最初の一燈になりませんか?

徳は弧ならず、必ず隣有り。

きっと仲間が応援してくれるはずです。


【原文】
一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。只だ一燈を頼め。〔『言志晩録』第13章〕

【意訳】
暗い夜道をたっとひとつの提灯を下げて歩く。暗い夜を心配することはない。ただ手にする一燈を頼りに進めばよいのだ

【一日一斎物語的解釈】
遠い将来を心配する必要はない。ただ今やるべき事に全力を尽くせばよい。


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