今日の神坂課長は、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生のお部屋を訪ねたようです。

「長谷川先生、人間力を身につけるというのは大変なことですね」

「それはそうだよ。一朝一夕に身につくものではないからね」

「生まれつき人間力の高い人って居るのでしょうか?」

「生まれつきというのはどうかな? ただ、立派な御両親に育てられていれば、子供のうちから人間力は磨かれていくだろうから、若くして徳のある人になれるかもしれないね」

「なるほど。親を恨むしかないのか」

「おいおい、それで御両親を恨むのはいかがなものかな。本来、人間は高い徳性をもって生まれてくると言われているんだから、自分自身で磨けばいいじゃない。まだ、神坂君は40代前半でしょ」

「はい。そのためには勉強して、実践することを繰り返すしかないですね」

「自分の徳性を磨くには、学問、とくに東洋の古典を読むのが一番良い気がするね。西洋の哲学に比べて、日本人には腹に落ちやすいんだろうな」

「先生、例の『大学』には、修身のためには、知を致し、物に格(いた)るところがスタートだと書かれていましたよね?」

「物の道理を見極めて、知の極限に達するという意識で学ぶ、ということだろうな」

「先生は、格物致知とは、そのものが何故そこにあるのかを深く掘り下げることだとおっしゃいましたね?」

「あくまで私見だけどね」

「結局、自分の徳を磨くことと学問をすることというのは、別のものではないんでしょうね?」

「おお、神坂君は時々人を驚かすようなことを言うよね」

「そ、そうですか? 恐縮です・・・」

「いや、素晴らしいよ。その通りだよ。徳を磨くことと、学問をすることは、同じ道の上を往復するようなもので、どちらも大切なことなんだろうね」

「そうやって知を究めて、徳を磨き、学問を続ければ、明るい未来が待っているのでしょうか?」

「うーん、どうだろう。少なくとも、充実した人生を歩むことはできるはずだよ。人間にとって明るい人生が必ずしも良いものだとは言い切れないこともあるからね」

「そうですか。充実した人生か。たしかに、どうせこの世に生まれてきたなら、死ぬ時に後悔しない人生を歩みたいですね」

「やすらかな気持ちでお迎えを待ちたいね。まあ、私はもうそういう心境にだいぶ近づいてきたけどね」

「いや、先生にはまだまだお元気でいてもらわないと困ります。地域の医療には欠かせない人ですし、それに・・・」

「それに?」

「まだまだ、教えていただきたいことがたくさんありますからね!」


ひとりごと

徳は磨いても磨いても、これで完成ということはなさそうです。

日々、勉強を続けなければいけません。

勉強とはもちろん本を読むことだけではありません。

日々、仕事を通して実践から学ぶこと、すなわち天地不書の経文を読むことも忘れてはいけません!


【原文】
徳性を尊ぶ、是を以て問学に道(よ)る。問学に道るは、即ち是れ徳性を尊ぶなり。先ず其の大なる者を立つれば、即ち其の知や真なり。能く其の知を迪(ふ)めば、則ち其の功や実なり。畢竟一条路の徃来のみ。〔『言志晩録』第31条〕

【意訳】
人が本来備えている徳性を尊ぶ、そのためには学問を修めねばならない。学問を修めることは、すなわち徳性を尊ぶことである。まず最も大事な点をあげれば、真の知を得ることである。知を窮めれば、その効果は実り多きものになる。徳性を尊ぶ、あるいは学問を修めるという二つの方法は、結局はひとつの道を往復するようなものである

【一日一斎物語的解釈】
自分の徳性を磨くことと学問を修めることは、一つの道を往復するようなものである。重要な点は知を究め尽くして真実にたどり着くことにある。そこまでいけば実り多き人生を過ごすことができるのだ。


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