今日の神坂課長は、営業1課の新美課長と昼食を共にしているようです。

「昨日のニュースで、久しぶりに池江璃花子ちゃんの姿を観たよ。一見すると元気そうに見えるけど、病状は一進一退らしいな」

「私は池江さんのニュースを観るたびに、胸が締め付けられるような気持ちになります。東京オリンピックが目の前に迫っているのに、レースに出るどころか、ずっと病院に入院しているなんて、本当に辛いでしょうね」

「本当にな。ご両親なんか代わってあげられるものなら、代わってあげたいと思っているだろうな」

「池江さんのことを考えると、神様なんていないのかなと思ってしまいますね」

「本人にはとてもこんなことは言えないけど、きっと何か意味があるんだと思う。この病気に打ち克てば、今の経験がきっと大きく役に立つはずだよ」

「本当にそうでしょうかね?」

「そう信じるしかないんじゃないか。池江ちゃんにはそう信じて、戦って欲しいな」

「まあ、たしかに辛い経験というのは、乗り越えることができれば、人生の糧にはなりますね。私も、いくつかそんな経験を積んできましたし」

「うん。神様なのか、お天道様なの、仏様なのか、名前はどうでもいいんだけど、俺はそういう見えない何かによって人は生かされていると思うんだよ」

「なぜそう思うのですか?」

「だって、どうしようもない暴れん坊だった俺がこの会社に入ったのは偶然だとは思えない。この会社に入って、佐藤部長に会わなかったら、俺は今頃どうなっていたのかと思うと、怖くなるぞ」

「なるほど。私はそういう神坂さんから、また沢山学ばせてもらっていますしね」

「え、そう。嬉しいこと言ってくれるじゃない。どんなところを学んでるんだよ?」

「正直、若い頃はこの人には近づかないようにしようと思っていましたから。そんな神坂さんが佐藤部長に少しずつ感化されて、課長になってからはすごい短期間で成長されています。どんな人間でも志がしっかりすれば変わるんだなぁとあらためて教えてもらいましたよ」

「それって、褒められているのだろうか?」

「どうなんでしょう? 褒めるというか、素直な気持ちです」

「ははは。まあ、そういうことだよ。きっと人間は大自然の摂理によって生かされているんだ。それに気づくには辛い経験が必要なんだろう。俺にとっては榊が辞めた一件が大きかった」

「ああ、榊君ですか」

「あの一件は俺にとっての転機だったからな。とにかく、すべての出来事には意味がある。辛い経験をしたときこそ、大自然の摂理が教えてくれていることの意味を理解しようとするべきだ。矢印を自分に向けてな

「池江さん、乗り越えてくれますよね?」

「彼女からパワーをもらってN大の水泳部が大活躍をしたじゃないか。そしてその選手たちが池江ちゃんに生きる力を与えてくれたはずだよ。戻ってくるさ、彼女なら」

「そうですね。そう信じます!」


ひとりごと

逆境を経験し、それを乗り越えた時、人は大きく成長します。

逆境が教えている大自然の摂理を読み解き、人生に活かすことができるかどうかは、自分自身に懸かっているのです。

矢印を他人に向けていては、大自然の摂理には気づけません。

矢印を自分に向けて、何を学び、何を実践するか。

どんなことからも人は学ぶことができるのです。


【原文】
「随処に天理を大認す」と、呉康斎此の言有り。而して甘泉以て宗旨と為し、余姚の良知を致すも、又其の自得する所なり。但だ余姚の緊切なるを覚ゆ。〔『言志晩録』第39条〕

【意訳】
「随処に天理を体認す」とは明の学者呉康斉の言葉である。同じく明の学者、湛若水(甘泉)は、この言葉を奉じて自分の主義主張を立てた。王陽明の「良知を致す」も同じく自得する行為である。ただ、陽明の言葉の方が私には緊要切実に感じる

【一日一斎物語的解釈】
人は、どんな場面からも大自然の摂理を感じることができる。そのためには、自分の心を磨き、常に実践を心がけることが緊要である。


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