神坂課長は、歴史好きが偉人を語る会に参加し、午後の史跡巡りを楽しんでいるようです。

「ここは、本證寺といって、三河一向一揆の舞台となった城郭寺院です。ここには聖徳太子絵伝という重要文化財が所蔵されています。この絵伝は全十幅からなり、通常よくある四幅の絵伝に比べて描かれている物語の数が格段に多いのが特徴で、数ある聖徳太子絵伝の中でも傑作とされるものです」
安城ふるさとガイドの会のガイドさんの説明です。

「実物は見れないのですね?」

「はい、残念ながら。ここに以前に展示会に出展された際のカタログがあります」

その後、一行は本證寺からほど近い松韻寺にやってきました。

「ここには、全国でも極めて珍しい聖徳太子馬上像があります。住職さんが写真を撮っても良いと言ってくれていますので、ご自由にどうぞ」

「おー、これは珍しいですね。年代はいつ頃のものなのですか?」

「年代はわかっていませんが、もしはっきりしたらこれもなかなかお目にかかれなくなってしまうかも知れませんよ」

一行は写真を撮って外に出ました。

歩きながら会の主催者徳川さんと神坂課長が話をしているようです。

「私自身が語り部をやるときは、すべて音を録音して後で聞きなおしています。無駄な音はないか、もっと良い言い方はないか、嘘は言ってないか、といったことを後で確認するのです」

「凄いですね。そこまでやるのですか?」

「素人だと言っても、歴史を語るのですから、なるべく間違ったことは言いたくないですからね。それが自分自身の鍛錬にもなります。私は営業部門の責任者をやっているので、仕事にも充分活かせますよ」

「徳川さんも営業ですか! 私もです。なるほど、たしかにそうですね」

「そうやって鍛錬を重ねれば、次第に人の心に響く話ができるようになるのです。中田さんも市川さんもそうやって少しずつ鍛錬されて成長されているのですよ」

「素敵ですね。もちろん聞きにきてくれた人のことを考えなければいけないのでしょうが、その前にまずは自分の語りを鍛えることが先だということですね」

「はい。言い方を間違えると不遜に聞こえますが、やはりまずは自分自身の心の持ちようが大事だと思うのです」

「私も会議での自分の話を録音してみます」

「こういう小さいレコーダーでも充分に音は聞き取れますよ。それにこれはUSBのタイプなので、そのまますぐにPCで編集もできます」

「徳川さん、ありがとうございます。さっそく実践してみます」

「そして、いつか語り部もお願いしますね!」


ひとりごと

本章の一斎先生の言葉は、取り方を間違えると危険ですね。

講義をする際に、自分にとって有益であれば、聞く人のことはどうでも良い、と取れなくもありません。

しかし、ここはそういうことではないでしょう。

徹底的に自分の在り方ややり方を見直し、鍛錬を重ねれば、自然と聞く者の心に化学変化を起こすことができる、と言っているのだと理解します。

そうでなければ、名だたる偉人が一斎先生を慕って、一斎先生の下で学問をするはずはないですよね?


【原文】
講説の時、只だ我が口の言う所は我が耳に入り、耳の聞く所再び心に返り、以て自警と為すを要す。吾が講、已に我れに益有らば、必ずしも聴く者の如何を問わず。〔『言志晩録』第42条〕

【意訳】
講義をする際、ただ私が口から発した言葉が私の耳に入り、私の耳が聞いたことがふたたび私の心に返ってくることで、自分を戒めることが肝要である。私の講義が私自身にとって有益であるならば、必ずしも聴く者がどのように受け止めるかは問題ではない

【所感】
人前で語るときは、その内容についてしっかり反省し、常に向上心を忘れないようにすべきだ。そういう想いをもって語るなら、聴く人の心に化学変化を起こすことができるだろう。


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