中野みどりは作家になることを夢見て、文章を書き続けている。

恩師の薦めで読んだ中江藤樹の本に感化され、滋賀県高島市の藤樹記念館を訪ね、そこで偶然知り合った佐藤という紳士からも藤樹の本をプレゼントされた。

そして、次の小説の構想を固めた後、ふたたび藤樹のふるさと上小川を訪ね、そこに2泊して、物語のあらすじを書き終えていた。

恩師の立花から原稿を読み終えたと連絡を受けたみどりは、立花のもとを訪ねた。

「先生、今回の原稿はどうですか?」

「今までのものに比べれば格段に面白くなった。いわゆるビジネス小説としての学びもあるしな」

「ありがとうございます!」

「ただなぁ」

「はい・・・」

文章には見事に人間性や想いが出てしまうものだ。この文章からは、上手い文章を書こうという意識が端々に垣間見える」

「そんなつもりは全然ないんですけど・・・」

「みどり、前にも言ったが、誠を立てろ。この主人公と同じような境遇の若いビジネスマンが、深い共感を抱くような言葉を選べ」

「まだまだ誠が足りないと?」

「私はそう思う。お前は読者に上手い文章を書く作家と呼ばれるのと、多くの共感を感じる作家と呼ばれるのではどちらが良いんだ?

「それはもちろん、共感を感じてもらえる作家になりたいです」

「ターゲットとする読者層はお前と同世代の若者なんだろう?」

「はい、そうです」

「それならその世代の若者の使う言葉や感覚を大事にするんだ。この本を読んだ若者は、作者はずっと年上の人だと思うだろう。それでは駄目なんじゃないか?」

「立花先生、ありがとうございます。私は藤樹先生のふるさとを訪ねて、誠というものを理解したつもりになっていました。でも、まだまだ全然わかっていなかったんですね。もう一度、『鑑草』と『翁問答』を読み返してみます!」

「みどり、あと少しというところまで来ているんだ。ここからは焦らずに、しっかりと自分の想いと向き合い、じっくりと言葉を選んで原稿を完成させるんだ」

「はい!」

(中野みどりの物語については、第1582日、1588日、1589日、1648日をご参照ください)


ひとりごと

一斎先生は、文章にはその人の性格が見事に顕れるといいます。

一度書いて公にしてしまった文章は、あとで取り消すことができません。

まず文章を書く際は、平静な心の状態のときに、しっかりと言葉を選んで自分の想いを乗せることを心がけねばなりませんね。


【原文】
文詞は以て其の人と為りを見る可し。況や復た留貽(りゅうい)するをや。宜しく修辞立誠を以て眼目と為すべし。〔『言志晩録』第52条〕

【意訳】
文章を通して、それを書いた人の人間性をみることができる。ましてやそれが後世まで残るものであるから、言葉を修めて誠を立てることを最大の目的としておかねばならい

【一日一斎物語的解釈】
文章には書いた人の人間性が如実に顕れる。だからこそ、言葉を飾らず自分の誠を書き記すことを意識すべきなのだ。


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