今日の神坂課長は、総務課の大竹課長と食事をしているようです。

「世界では相変わらず宗教的な対立が後を絶ちませんね」

「そうだなぁ。まあ、日本でも仏教の宗派が対立しているなんていうのもあるからね」

「なんだか本末転倒な気がしますよね。信者に心の安らぎを与えるのが宗教なんじゃないのかなぁ」

「まったくだね。なにか一つの宗旨だけを正しいものだと決めつけるから、そういう間違った考え方や行動が生まれるんだろうな」

「自分だけが正しいという考え方は危険ですね。人それぞれに意見や考え方の違いがあることを認めて、ゆるやかにつながる社会を目指したいですね」

「多様性を認めるってことかな。すくなくとも職場や家庭はそうありたいな」

「とはいえ、自分の心に軸がないと、相手の意見に簡単に左右されるやすくなりますよね。まずは自分の確立が最優先というところでしょうか?」

「心に軸を持ちつつも、相手の意見には敏感に、時には自分の考えを改める準備をしておくということか」

「そういう心構えができたら素晴らしいですね」

「神坂君は、まだそこまでは達してないの?」

「見てお分かりのとおりですよ。特に部下から何か意見を言われると、つい論破してやろうと思ってしまいますから」

「そして、論破できそうもないとわかると・・・」

「地位と権力を利用して、圧力をかける」

「最低だね!」

「なんか今のは誘導尋問だよなぁ。いまはその最低レベルからは脱出しつつあるとは思うのですが」

「たしかに神坂君は変わった。カミサマだけに、そろそろ新しい宗教を立ち上げるんじゃないかと心配しているよ」

「それじゃ、余計にダメじゃないですか!」


ひとりごと

最近、常々思うのですが、自分の考えを正しいと思い込むことはとても危険なことですね。

自分とは違う意見を正の反対、つまり悪だと捉えがちになります。

日本は八百万の神を信奉する国です。

日本人は多様性を受け入れやすい国民のはずです。

多様性を受け容れてゆるやかにつながる社会を目指すべきですね。


【原文】
古人は各々得力の処有り。挙げて以て指示するは可なり。但だ其の入路各々異なり、後人(こうじん)透会(とうかい)して之を得る能わず。乃ち受くる所に偏して、一を執りて以て宗旨と為し、終に流弊(りゅうへい)を生ずるに至る。余は則ち透会して一と為し、名目を立てざらんと欲す。蓋し其の名目を立てざるは、即便(すなわち)我が宗旨なり。人或いは議して曰く、「是(かく)の如くんば、則ち柁(かじ)無きの舟の如し、泊処(はくしょ)を知らず」と。余謂う、「心即ち柁なり。其の力を著(つ)くる処は、各人の自得に在り。必ずしも同じからざるなり」と。蓋し一を執りて百を廃するは、卻(かえ)って泊処を得ず。 〔『言志晩録』第57条〕

【意訳】
昔の人が各々自得した所をもって世間に顕示することはよい事である。ただ、その自得の方法は各々異なっているので、後世の人が同じように自得することは難しい。つまり、教えられたことに片寄って、特定のものをとって宗旨とするために、遂には弊害を生ずることになる。私は自得することを第一として特定の名目に振り回されないようにしている。思うに、名目を立てない所が、私の宗旨だといえよう。人がそれを批評して「それでは、柁の無い舟のようなもので、舟の定着場所がわからない」というであろう。私はこう考える、「そもそも自分の心こそが柁なのである。その力の着け所は、各人が自ら悟るところにあるのだから、必ずしも同じ型にはめようとする必要はない」と。一つの宗旨に偏って他の百の事を廃してしまったたならば、かえって舟の定着場所が得られなくなるであろう

【一日一斎物語的解釈】
ある特定の考え方だけを信奉して、他を排するような考え方は行為は慎むべきである。思考は常に臨機応変であってよいのだ。


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