神坂課長の次男の楽(がく)君が、テニスの試合に負けて落ち込んで帰宅したようです。

「今日は絶対勝てると思っていたから、悔しいというよりショックだよ。俺、あんなに練習したのにな」

「勝負は時の運だからな。長い目でみれば練習は裏切らないだろう」

「『筋肉は裏切らないみたいなこと言わないでよ!」

「なんだそれ?」

「知らないならいいよ。今回は練習しただけじゃなくて、駆け引きの本とかも読んだのになぁ」

「なるほど、それが原因か!」

「え、なんのこと?」

「付け焼刃的に知識を詰め込んだことで、かえって考え過ぎたんじゃないのか?」

「うん、実はそうなんだよ。いつもなら思い切って前に出る場面でも、逆を突かれるんじゃないかと不安になって、前に出れなかった」

「スポーツというのは瞬間瞬間の決断が重要だ。知識を引き出そうとすることも大事だが、自分の勘を信じた方が良い場合もある」

「勉強しない方が良かったのかな?」

本を読んで勉強したことは素晴らしいことだ。でも、まだ自分の知識になりきっていなかったんだろう。読んで学んだことを練習でいろいろ試してから試合に臨む必要がある。その時間が足りなかったんじゃない
か?」

「本を読んだのは試合の前の日だった」

「それはあんまり良いタイミングじゃなかったな。父さんの仕事も同じだよ。営業についてもたくさんの本
が売られていてな。ためになることが沢山書かれてはいる。でもな。実践で何度も試してからでなければ、
本物の知識にはならないんだ」

「そうだよね。どんなにルールに詳しくなっても、駆け引きをたくさん学んでも、実戦で活かせないと何の意味もないもんね」

「そういうこと。だから、学んだら即試してみるんだな。何度も練習して自分のモノになるまでな」

「よし、今日もあの本を読んで、明日の練習で試してみる!」

「次の試合では、楽が優勝しているシーンが目に浮かぶな!」


ひとりごと

知識を詰め込み過ぎると、かえって頭がこんがらかってしまうことがあります。

学ぶことは大切ですが、実践することがより重要です。

かつて、孔子の弟子の子路は、孔子からひとつのことを教えられると、それを身につけるまでは、別の教えを聞くことを恐れたそうです。

一度にたくさん知識を詰め込むより、少し学んでは実践するということを繰り返すべきですね。


【原文】
今の学者は、隘(あい)に失わずして博に失い、陋(ろう)に失わずして通に失う。〔『言志晩録』第62条〕

【意訳】
今の学者先生は、学問が狭くて失敗するのではなく、広すぎるために失敗し、学問が浅いために失敗するのではなく、万事に通じているがために失敗するのである

【一日一斎物語的解釈】
学び過ぎるとかえって行動できなくなることもある。インプットしたら即アウトプットすることを心がけ、トライアンドエラーを繰り返しながら物事を進めた方がよい。


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