今日の神坂課長は、大累課長とランチ中のようです。

「この前、課のミーティングで『論語』を使ってたとえ話をしたんですけどね。まったく伝わらなかったです。(笑)」

「そりゃそうだろう! ちょっと『論語』をかじったくらいで、簡単に人に伝えられるほど、軽いもんじゃないぜ」

「話してみて、痛感しましたよ」

「そういうのも、論語読みの論語知らず』と言うのかな?」

「どうですかね。私の場合、『論語読み』と呼べるレベルにもないかも知れません」

「まったくだ。だったら話すな、っつうの! でもさ、古典を学ぶと、人に話したくはなるよな。俺はそういうときは、佐藤部長に話すことにしている」

「ああ、佐藤部長なら受け留めてくれますもんね」

「そうそう、話しているうちに、より理解が深まるしな。あ、多田先生もそうだ」

「良いですね、ドクターにそういう方がいるのは」

「そもそも、そういうドクターから古典を薦められて読み始めたんだよ」

「神坂さんの引きの強さかな。私はそういうお客様が少ないなぁ」

「俺の場合は、自分が馬鹿だとわかっているから、馬鹿を全面に押し出してきた。だから、先生方が面白がってくれたんだろうな」

「なるほど。でも、それも広い意味では人徳なのかもなぁ」

「お前に徳があるなんて言ってもらったのは初めてだな」

「あくまで、広い意味でですよ。神坂さんの場合、普段は相当セコイんですけど、時々人格者になることがある、という意味です」

「それは、褒めてるのか、馬鹿にしているのか?」

「どっちもですかね!」

「相変わらず先輩に対する敬意が足りない野郎だ。とにかく、古典を読んで良いなと思ったことは、まず自分で実践する。他人ができていないからと口を出すことは控えた方がいい。それはあくまでも他人の課題だからな」

「そうですね。人に偉そうに話す内容って、ちょっと前までは自分も気づいていなかったことですよね。それをついつい、お前は知らないの?っ
ていう感覚で言いたくなる」

「そうそう。それは、反感を買うだけだ。にわか仕込みの勉強で、理解したつもりになっていても、実際には理解できていないんだよ」

「たしかにそうですね。自分でやってみて、初めて身になるっていうことですね」

「そういうこと。じゃあ、ここはお前の奢りでよろしくな」

「なんでだよ!」

「今日の授業料だ。昼飯代で済めば安いもんだろう」

「やっぱり、あんたはセコイ男ですわ!」


ひとりごと

古典を学び始めた人が、一度は経験することではないでしょうか?

自分が学んでやり始めたことを、他人にもそうしろと強要してしまう。

これは、絶対に相手の心には響きません。

それどころか、反感を買うだけです。

まずは、自分自身で実践して、真意を探ることから始めるべきですね。


【原文】
王龍渓(畿)は余姚晩年の弟子たり。教えを受くる日浅く、其の説高妙に過ぎ、遂に陽儒陰釈の譏(そしり)を来たせり。猶お宋代に楊慈湖有りて、累を金渓に貽(のこ)すと同一類なり。其の他の門人、鄒東廓(すうとうかく)(守益)・欧陽南野(徳)・聶雙江(しょうそうこう)(豹󠄀)の如きは、並びに彬彬(ひんぴん)たる有用の人物たり。宜しく混看(こんかん)する無かるべし。〔『言志晩録』第69条〕

【意訳】
王畿(龍渓先生)は王陽明の晩年の弟子である。そのため教えを受けた年月が浅く、その説は高遠過ぎるところがあり、遂には表面は儒学を奉じ裏面は仏教的であるという非難を受けることとなった。宋代の楊慈湖(ようじこ)が陸象山に学んで、その災いを師に与えたのと同類である。王陽明の門下には、その外に鄒守益・欧陽徳・聶豹等がいるが、彼らはみな文質共に備わった有用な学者である。彼らを王龍渓などと同じにみなしてはいけない

【一日一斎物語的解釈】
にわか仕込みで勉強したことを他人に講釈することは避けるべきである。中途半端な理解では、決して学んだことの本質を伝えることはできない。


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