今日の神坂課長は、佐藤部長と共に、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生を訪ねた後、車で会社に戻る途中のようです。

「どうして長谷川先生はあんなに腰が低いのですかね。私は多田先生の真似はできても、長谷川先生の真似は絶対にできません」

「ははは。そう決めつけてしまったら、修養にならないじゃない。多田先生にも失礼だしね」

「あ、それはそうですね。(笑)」

「ただ、若い頃の長谷川先生は厳しかったんだよ」

「そういう話を聞きますよね。でも、私がお会いしたときには、もう今と変わらず謙虚な先生でした」

「教授時代は、若い人をよく叱っていた。でもね、決して理不尽ではなかったな」

「そこは重要ですよね」

「長谷川先生は、医師というものは人格者であるべきだと常々言っていた。だから、技術と知識だけに長けたドクターには、心を磨けと言い続けていた」

「心を磨け、か」

「常にその時、その場所で、その人にとって最適な指導をしていたように思う。それは部下の先生たちだけにではないよ」

「我々に対しても?」

「そう。患者さんのことを第一に考えずに、売上だけを意識している業者さんを何人か出入り禁止にしているからね」

「長谷川先生が出禁を命じることがあったんですか!」

「それが例え病院にとって儲かる話であっても、患者さんにとってデメリットがあるなら、絶対に採用しなかったし、そういう提案をする人を厳しく叱ってたよ」

「我々ディーラーとしては、肝に銘じておきたいことですね」

「もちろん、病院事務や経営層にも時には忌憚のない意見をぶつけていたみたいだよ。当時の院長先生は、長谷川先生が怒鳴り込んで来るのが、なにより怖いと言っていたな」

「益々、尊敬してしまいます。そして、お近づきになれたことを光栄に思います」

「うん、そう思う。だからこそ、長谷川先生になれないと諦めるのではなく、少しでも近づけるように努力していこうよ!」


ひとりごと

相手に応じて最も適切な対応をするということは難しいことです。

年下や地位が下の人には不遜に接し、上役や年長者にはペコペコする、というようなことでは、人から信頼を得ることはできないでしょう。

常に最適な対応をするという意識をもつには、謙虚でなければなりません。

それは、すなわち自分を常に下におくということでしょう。

中江藤樹の言葉とされる下記の言葉をもう一度噛みしめましょう。

「それ学は、人に下ることを学ぶものなり。人の父たることを学ばずして、子たることを学び、師たることを学ばずして弟子たることを学ぶ。よく人の子たるものはよく人の父となり、よく人の弟子たるものはよく人の師となる。自ら高ぶるにあらず、人より推して尊ぶなり」 


【原文】
聖人の心は、辞気容貌に見(あらわ)れ、其の地と人とに於いて各々異なり。未だ知らず、孔子の委吏・乗田たりし時、長官に於ける果たして何如(いかん)なりしかを。郷党にも載せず、学者宜しく推勘(すいかん)すべし。或いは曰く、「和悦にして諍う」と。〔『言志晩録』第72条〕

【意訳】
聖人の心境というものは、平生の言葉や態度に現れ、その場所(立場)や相対する人によって夫々異なっているものである。孔子が若いとき委吏・乗田(会計官や牧畜官)という役にあったが、その際に上司に対してどのような態度をとったかは記録がないのでわからない。孔子の平生の起居動作を記した『論語』郷党篇にもその記載はないので、学者はよく推察をしておくべきであろう。恐らくは、平生は穏やかに接していても、なにか事があれば意見を上申したのではなかろうか

【一日一斎物語的解釈】
君子と呼ばれるような立派な人は、時と場所と立場によって、最もふさわしい態度をとるものである。


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