今日の神坂課長は、佐藤部長と「季節の料理 ちさと」で晩酌中のようです。

「最近は自分を磨くということをだいぶ意識するようになりましたが、それでも人と接する中で心を一定に保つというのは難しいですね」

「そうだね。人間はひとりでは生きられない生き物だけど、それでいて自分のことを第一に考えたい習性はあるからね」

「そうなんですよ。ひとりで静かに考えているときは、冷静にああしよう、こうしようと思えるのに、いざ人前に出ると、自分の感情をうまく抑えられないんですよ」

「それは神坂君だけではないさ」

「部長もそうですか?」

「もちろんだよ。今日だって本当は休肝日にするつもりだったのに、神坂君に誘われたら断れなかったからね」

「あ、そうだったのですか、それならそう言ってくれれば良かったのに」

「そう、言えば良いのに言えなかった。なぜなら、私も飲みたかったから。(笑)」

「そういうことですか、なんだか安心しました」

「そこで安心されるのもどうかと思うけど・・・」

「結局は、人と接する中でどれだけ平生の自分でいられるかが重要なんですよね?」

「そういうことだね。修養というのは、なるべく平静な自分でいられるように心と身体を保つことだろうからね」

「それが一番難しいんですよね」

ちさとママが料理を運んできました。

「はい、今日は今が旬のニシンの塩焼きでーす」

「キター! やっぱり魚は塩焼きに限るよね」

「おー、やっぱり神坂君に誘ってもらって良かった。私はニシンが大好物なんだ」

「うん、旨い! こうやって旨いものを食べているときは、心と身体が一体となって幸せを感じるんだよなぁ」


ひとりごと

心が平静でいられるときは、次はこうしようと思っていても、いざ人前に出るとそれを実行できない

誰しも経験のあることではないでしょうか?

それは、どうしても自分の中にある欲望や虚栄心が邪魔をするからでしょう。

やはり人間は人の間でこそ磨かれるということですね。


【原文】
暗夜に坐する者は体軀を忘れ、明昼に行く者は形影を弁ず。〔『言志晩録』第81条〕

【意訳】
深夜、静坐瞑目する者は、自分自身の内面を見つめなおすが、身体があることを忘れがちであり、明るい昼間に行動する者は、その身体は把握できても、その内面を忘れがちである

【一日一斎物語的解釈】
身体という外面と心という内面とを常に忘れないように修養に励むことが肝要である。


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