今日の神坂課長は、人事部の西村部長と営業部の佐藤部長と3人で寿司屋にいるようです。

「しかし、今回の桜を見る会の騒動は、安倍政権にとっては大きな窮地になりそうですね」

「言い訳のレベルが低すぎるものなぁ。シュレッダーしてしまった。バックアップデータは復元できない。そんな訳ないだろう」

「この前の菅(すが)さんのアタフタした答弁もマイナスに作用しそうですね」

「もう少ししっかりした政治家はいないのでしょうか、この日本には!」

「野党は野党で、今更分裂した旧民主党の連中が元の鞘に収まるなんて話だからな」

「あれも驚きですよね。完全に置いてきぼりにされた立憲民主の方が力をもって、追い出した国民民主の連中を呼び戻そうというのですから、あきれてモノも言えません!」

「まあ、あれくらいのレベルの政治家で国を運営できるというのは、平和な証拠だろうね」

「西村さんの言う通りです。一斎先生もそう言っています。大政治家のような賢人は、変革の時に生まれてくる。ただし、そういう時には大悪人も登場する、と」

「なるほど。たしかに日本には小悪人はいるけど、大悪党はいないのかもな」

「でも、アメリカとかイギリスはちょっと雲行きが怪しくないですか?」

「トランプにジョンソンか。しかし、彼らも大悪党という感じでもなさそうだぞ。ガキ大将がそのまま大人になった感じだろう」

「ははは。たしかにそうかも知れません。最近名前を聞かなくなった、N国の立花さんも同じような感じですかね?」

「いや、あれはもっと酷い。恐らく、子供のころはガキ大将にいじめられていたタイプだろう」

「西村さん、滅茶苦茶言いますね」

「こんな話をさかなに酒が飲めるということ自体が、平和で幸せな時代だということだな」

「たしかにそうですね。でも、せっかく寿司屋に来たのですから、寿司をさかなに飲みませんか?」

「ははは。こりゃ、神坂君に一本取られたな!」


ひとりごと

たしかに今の日本は平和な時代を迎えていると言えるでしょう。

しかし、まだ見えない変化の兆しは確実に芽生えているようにも思えます。

もしかしたら、もうすぐ日本を救う大賢人が登場してくれるのでしょうか?

しかし、そんな人が今目の前にいないなら、そんな人が登場することを期待せず、いまいるメンバーで力を尽しましょう。


【原文】
気運には常変有り。常は是れ変の漸(ぜん)にして痕迹(こんせき)を見ず。故に之を常と謂う。変は是れ漸の極にして痕迹を見る。故に之を変と謂う。春秋の如きは是れ常、夏冬の如きは是れ変。其の漸と極とを以てなり。人事の常変も亦気運の常変に係れり。故に変革の時に当たれば、天人斉しく変ず。大賢の世に出ずる有れば、必ず又大奸の世に出ずる有り。其の変を以てなり。常漸の時は則ち人に於いても亦大賢奸無し。〔『言志晩録』第127条〕

【意訳】
気運には常と変とがある。常は徐々に変化していくので痕跡がない。よって常という。変は徐々に変化したものが極に達したもので痕跡がある。よってこれを変という。例えば、春と秋は徐々に変化するので常、夏と冬は変化が極に達するものであり変である。人事に関しても、この気運の常変は同じである。だから変革の時には天も人も共に変化する。大賢人が世に出ることもあれば、また大悪人が出現することもある。これは即ち変である。少しずつ変化して行く時は、人の世に大賢も大奸も現れないものだ

【一日一斎物語的解釈】
大賢人が現われるときには、必ず大悪人も現れる。変革の時代とはそういうものだ。大賢人も大悪人も現れない世こそが平和な時なのだ。


seijika