今日の神坂課長は、緊急の営業部会議に出席しているようです。

参加者は、川井企画室長、佐藤部長、神坂課長、大累課長、新美課長の5名です。

「みんなも承知していると思うが、N器械さんが解散することになり、各施設を訪問して説明しているようだ」
川井室長が議長のようです。

「あの老舗が解散かぁ」

「神坂、感慨に耽っている場合じゃないぞ。幸いというべきか、N器械は主に眼科領域の商社なので、当社とバッティングするケースはほとんどなかった。また、卸販売をしている施設もほぼない状態だ」

「しかし、逆に言えば、これをチャンスとすることは難しいということですね?」

「大累の言うとおり、直接的にはそうだ。だが、この事例から何かを学ばねばならないだろう。佐藤はどう分析している?」

「N器械さんとはあまり仕事をするケースもなかったので、社長のこともよく存じていませんし、分析することは難しいですね。しかし、あえて言えば、やはり教育に問題があったのではないかとみています」

「どういうことだ?」

「最近でこそ、中堅の社員さんの退職が続いていますが、元々の問題は、若手社員が育たず、3年以内にほとんど辞めてしまうところに、N器械さんの問題があると考えます」

「なるほど、若手がやめて、その穴を中堅社員が埋めているうちに、彼ら自身も疲弊していったわけだな?」

「はい。創業社長は人格者として有名だった人です。今の社長はその創業者の娘婿だったはずです。そもそも創業の理念を先代からしっかりと学んでいたのかどうか?」

「なるほど、今の社長は創業時のことは知らないわけですね?」
神坂課長です。

「そうだろうね。医療器械そのものもそうだし、営業のツールや考え方自体も時代と共に変わっていく。その時流に乗り遅れてはいけないのは当然だ。しかし、捨ててはいけないものもある」

「それが創業の理念ですか?」

「なぜ、その会社が生まれたのかを知るには、企業理念を勉強するのが一番だからね」

「たしかに」

「一斎先生は、『創業の中に守成があり、守成の中に創業がある』と言っている。何を変えて、何を守るかをしっかりと見極めないといけない」

「佐藤の言うとおりだな。そして、それを社員に伝えていく上で教育が必要だということだな」

「はい、そう思います」

「わが社ももうすぐ創業25周年を迎える。もう一度、平社長の掲げた企業理念をしっかりと学び、社員全員にわかりやすく伝えていく必要があるな。その作業は私がやろう。テキストができたら、各マネジャーはメンバーの肚にしっかりと落として欲しい」

「はい!」


ひとりごと

二宮尊徳翁の言葉に、「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」とあります。

企業である以上、利益をあげて、しっかりと税金を納めるのは、義務ともいえるでしょう。

しかし、理念のない経営でお金を儲けることは、罪悪に等しいのだと尊徳翁は断言しています。

各企業には、創業時の理念を忘れず、その理念に基づく活動によって利益を生む会社にしていくことが求められるのです。


【原文】
創業・守成の称は、開国・継世を泛言(はんげん)するのみ。其の実は則ち創業の中に守成有り。守成の中に創業有り。唯だ能く守成す、是を以て創業す。唯だ能く創業す、是を以て守成す。成湯(せいとう)の禹の旧服を繼ぎ、茲(ここ)に厥(そ)の典に率(したが)い、武王の商の政(まつりごと)に反し、政、旧に由りしが如きは、是れ創業の守成なり。成王の政を立て事を立て、畢公(ひっこう)の道に升降(しょうこう)有り、政、俗に由りて革めしが如きは、則ち之を守成の創業と謂うも可なり。但だ気運に常変有り。故に人と物と亦之に従う。〔『言志晩録』第128条〕

【意訳】
創業と守成とは一般的に建国と世を継ぐことを言うのである。その実際を見ると、創業の中に守成あり、守成の中に創業があるのだ。ただよく守成する者がよく創業する。よく創業する者がよく守成すると言えるのである。殷の湯王が夏の桀王を破り、商という王朝を建てたが、夏王朝の聖人・禹王の治めた道を継承し、その法制度に随った。また周の武王が商(殷)の政治に反旗を翻しながらも制度などは旧法に随ったのは、創業中の守成である。反対に、周の第二代成王は自らの判断で正しく諸官の長を立て、三代目の康王は畢公に命じて「世の道には盛衰はあるが、政教は人民の風俗に応じて変革していくものである」としたのは、守成中の創業である。要するに、(前章で述べたごとく)気運には常と変とがあるので、人と物は之に従うものである事を知るべきである

【一日一斎物語的解釈】
創業と守成は別物ではない。常に創業の精神を忘れず、臨機応変に企業運営をしていく必要がある。宇宙の摂理に逆らうことなく、常と変の兆しを早期に捉える工夫が大切なのだ。

トヨタグローバルビジョンより
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