今日の神坂課長は、石崎君の相談を受けているようです。

「本当はもっと価格を下げて出したいんです。奈須先生は本当に良い方で、とてもお世話になっているのに、いつも高値で買ってもらっています。それなのに、近くにある大垣医院の院長は、すごくケチで、いつも地域の最低価格で販売しているのです。なんか理不尽ですよね?」

「その気持ちは俺もよくわかる。我々の販売する製品をよく理解してくれている先生方の方が、製品もよく理解せずに、ただ安ければ良いという先生方よりも高い値段で買ってくれている。悩ましいところだよな」

「かといってやはり最低価格で売れば、ウチの利益は小さくなります・・・」

「そのとおりだ。俺たちのビジネスは慈善事業ではないからな。やはり利益を稼がなければならない」

「それはわかっています・・・」

「俺もそのことについては、ずっと悩んできた。そして、今はこう割り切っている」

「えっ、どんな風に割り切っているのですか?」

「お客様が支払ってくれる価格が高ければ高いほど、製品をよく理解してくれている証拠だ。つまり、営業として良い提案あるいはPRができているということだ」

「はい」

「だから、満足して高く買っていただくことは良いことなのだと」

「なるほど。安く買われてしまうのは、営業として未熟だということですか?」

「未熟だとは言わない。ただ、次回への課題としておくべきだろうな」

「そうですね。安く買おうとする先生に、いかに商品の良さを理解してもらえるかが大事だということですね」

「そうだな。もちろん、利益の取り過ぎはダメだ。高いといっても限度はある」

「はい、それは大丈夫です」

「石崎、お前は着実に成長しているな。今回の悩みはすごくレベルの高い悩みだと思う。俺たちはビジネスマンとして、公正な態度でお客様と接するべきだ。しかし、やはり人間である以上、感情はある。その感情を完全に押し殺す必要もないと思う」

「感情を押し殺すのは嫌です!」

「ははは、素直な奴だな。私情が入るのはある程度は仕方のないことだ。ただ、公私のバランスを考えて、なるべく客観的にみて問題のない範囲で仕事をすることを考えたいよな」

「はい。それを意識していきます。でも、まだ自分では答えが出ないことも多いので、そういう時は相談に乗ってください」

「悩んで悩みぬいてから来いよ。そういう状態なら、いくらでも手を差し伸べるからさ」


ひとりごと

ビジネスに私情を持ち込むことは、基本的にNGでしょう。

しかし、実際には営業マンも人間、お客様も人間ですから、どうしても私情が働きます。

公的な感覚を失わない範囲で、私情のバランスを取ることが必要なのかも知れません。


【原文】
公私は事に在り、又情に在り。事公(おおやけ)にして情私(わたくし)なる者之れ有り、事私にして情公なる者も之れ有り。政を為す者、宜しく人情事理軽重の処を権衡(けんこう)して、以て其の中を民に用うべし。〔『言志晩録』第162条〕

【意訳】
公私の別は、物事にもあれば人情にもある。物事自体は公的なものであっても人情としては私情が伴うものがあり、逆に物事は私的なものであっても人情としては公情が伴う場合もある。政治を行なう者は、よく人情と物事の道理の軽重を計り、なるべく多くの人が納得するような中ほどの所を民に施すべきである

【一日一斎物語的解釈】
物事にも、感情にも公私がある。あまりにも私情に偏ってもいけないが、まったく私情を抑えてしまうと、人間味が薄れてしまう。公私のバランスが重要なのだ。


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