神坂課長が始業前にデスクで新聞を読んでいるところに、佐藤部長がやってきたようです。

「へぇ、『呻吟語』を読んでいるの?」

「あー、これですか。実家に帰ったときに父親の本棚にあったから借りてきたんです」

「お父さんは読書家だったんだよね?」

「はい、小説が中心だったと聞きましたが、意外にも中国古典があったので拝借してきました」

「まさに、『凡そ学は、宜しく認めて挽回転化の法と做(な)すべし』だね」

「はい?」

「一斎先生が言っているんだ。『学問というものは、人の心を引き戻したり転化させたりするためのものであることを理解すべき』だとね」

「どういうことですか?」

「神坂君がお父さんの書棚から『呻吟語』を借りて読むなんて、5年前なら考えられなかったよね。いや、おそらくその本の存在にすら気づかなかっただろう」

「それは間違いありません。(笑)」

学問をすることで心が磨かれる。かつては女性のことばかり考えていた人も学問によって賢者になれるし、かつては拝金主義に侵されていた人も、学問によって徳のある人になれる。一斎先生はそう言っている」

「どんな人でも、学べば成長できるということですね」

「うん。まさに神坂君がそれを証明してくれた」

「私がこんなに変わったんだから、変えられない人はいないってことですね?」

「いやいや、人を変えることはできないよ。神坂君自身が変わろうと思ったからこそ変われたんだよ」

「そうでしたね。人を変えるのではなく、変わるきっかけを与えることしかできないのですよね?」

「そのとおり」

「でも、私も確信が持てましたよ。こんな自分が変われたんだから、変われない奴はこの世にはいないなって!」

「君は勉強は嫌いだったかも知れないけれど、頭は良い人だからね」

「40年以上生きてきて、人に頭が良いと言われたのは初めてです。なんか涙が出てきました」

「あれ、課長。なんで泣いてるんですか? 飼い犬でも死にました?」
ちょうど石崎君が出社してきたようです。

「クソガキ! 俺は犬なんて飼ってないよ。お前があまりにも成長しないから、部長に泣きながら愚痴を言っていただけだ!」


ひとりごと

小生が主催する論語の読書会には、潤身読書会という名をつけました。

この「潤身」という言葉は、『大学』という古典の中にある「富は屋を潤し、徳は身を潤す」から採りました。

徳を磨けば、家は立派にならないかも知れないが、自分自身の身は潤うのだ、という意味の言葉です。

学問をする目的は、自分の身を潤すことにあるのではないでしょうか?

世の女性諸氏、お肌のうるおいも大切ですが、心のうるおいも忘れないでくださいね!


【原文】
凡そ学は、宜しく認めて挽回転化の法と做(な)すべし。今日好賢の心は、即ち是れ他日の好色にして、今日好徳の心は、即ち是れ他日の好貨なり。〔『言志晩録』第179条〕

【訳文】
学問というものは、人の心を引き戻したり転化させたりするためのものであることを理解すべきである。今日は賢を好む心が以前は色を好む心であったり、また今日は徳を好む心が以前は財貨を好む心であったりするのだ

【所感】
正しい学問をすれば、人の心は本来の輝きを取り戻すことができる。


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